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麻紙の歴史




 世界最古の紙は、麻紙だった。



約2000年前の紙に麻(hemp)が使われていました。実際に最初の紙は、麻の繊維からつくられていました(中国、紀元前105年)。一般的に紙の起源は、エジプトのパピルスという草からのものと認識されていますが、これは縦横に草を織り込んだものです。現在のように原料をつぶして、漉く工程を経て紙をつくったのは、麻のボロ布からつくったものです。すべての歴史家はこのことをよく認識しなければなりません。

中国の紙漉き職人は、アラビアに行き、その後、北アフリカ、最終的にヨーロッパに向かってペルシャでその技術が伝えられました。16世紀初頭の約半数がヨーロッパ人によって紙がつくられていました。19世紀初頭まで、紙の製造のための原料は擦り切れた衣服のボロでした。

この時期まで布地は、麻、亜麻が主でした。例えば、グーテンベルグの最初の聖書、アメリカ合衆国の独立宣言などのメッセージを伝えるために麻紙(hemp paper)の上に印刷がされました。

麻は、1830年まで世界で市場に出回っている最も多い生産品の一つでしたが、紙の需要及び紙の製造技術の進歩によって、大量の原料が必要となりました。そこで、資本家たちは、豊富な天然資源である森林を紙の原料としたのです。

現在、世界中の紙の5%が一年草からつくられています。麻、亜麻、コットン、バガス、稲や小麦のわら、サイザル麻、マニラ麻、葦、ケナフなど。1992年のFAOの統計によると麻紙は、世界生産は12万トンです。世界が1億8000万トンの紙生産をしている中で、紙の起源である麻の地位はずいぶん低いものになっています。麻パルプは、一般的に木材パルプと混ぜられて使われています。



 日本の麻紙の歴史



平安時代の『延喜式』(えんぎしき)に記された製紙工程で、布と麻が別個に記されているが、布は麻布のぼろであり、麻は生の麻を処理したことを示していると考えられます。中国の技法を比較的忠実に継承した西欧の手漉(てすき)紙は、大麻(たいま)や亜麻(あま)のぼろ布を主要原料としています。

ところで、正倉院文書には、麻紙のほか上麻紙、黄麻紙、色麻紙、短麻紙、長麻紙など、多種類の麻紙がみられ、奈良時代には穀紙(こくし)や斐紙(ひし)より麻紙が優勢でした。

しかし、平安時代には穀紙の生産がふえ、平安後期には紙屋院(かみやいん)でも麻紙がつくられなくなりました。麻紙は紙質がやや硬く紙面がざらざらして筆写しにくい点があり、コウゾにくらべて原料が処理しにくく、しかも入手難となったからです。

 <参考> 2kgの原料から紙になるまで(延喜式、927年より)
  楮(こうぞ)  : 10日間
  大麻(たいま): 32日間

こうして麻紙は日本の製紙史から消えていたが、内藤湖南博士のすすめで福井県今立町の名紙匠岩野平三郎が大正十五年(一九二六)に復元して、日本画用紙としての販路を開いたのをきっかけに麻紙という分野が生き残っています。




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