ふぁーみんぐ通信 07年8月号



北京オリンピックに向けた無農薬の柔道畳づくり
〜信州麻サミットの巻〜


●信州麻サミット&信州麻まつり

長野市内での麻まつりを8月11日、12日の両日にわたって今回初めて実施した。
駅から徒歩4分の南千歳公園と近くのMORIYAホールとつぶつぶカフェ・長野店の3箇所
で麻の見本市、麻の講演会、麻績みワークショップ、麻の実料理試食会、鬼無里の麻の
資料館の見学会と盛りだくさんで企画をした。

その中で、鬼無里地域が2007年度プロジェクトとして、柔道畳用の麻糸を復元作業
をするにあたって、エコロジー畳職人の植田昇氏から柔道畳の楽しいお話をしていた
だきました。

参加されていない人にもわかるように、この通信で講演の要旨をレポート!
畳職人も柔道畳の話をするのははじめて、麻のお祭りだからこの話ができると
感動していました。

講演タイトル「北京オリンピックに向けた柔道畳づくり」
講師:エコロジー畳職人 植田昇

●はじめに

提案した私にとっても、柔道畳の取り組みが各地で盛り上がっているのがびっくり
している。最初は米作りをしていて、その中でいろんな人と知り合う中で、柔道の
畳づくりの話に出合った。タイトルに使っている無農薬のことですが、他の人から
農薬を使わないでできるのかと言われたが、昔の人は農薬をつかっていなかった。
畳の世界でも無農薬のものがよいと評価されているが、私からすれば昔に戻っただ
けである。

この活動を通じて、様々な人に出会って来ている。柔道の「道」という言葉の意味
が自分の中で大きくなっている。

MORIYAホールでの講演

●シュタイナーと海外での畳の反響

自分のエコロジー的な考え方のバックグラウンドには、シュタイナーがある。
シュタイナーにおいても建築などでヘンプを使っていて、私自身もヘンプに注目して
いた。

海外に行くと畳は、アートであり、非常に喜んでもらえる。海外でも家の中では
靴を脱ぐ習慣が定着しつつあり(特にスイスでは8割)、畳の需要は増えている。
しかし、台湾製の畳もどきであるのが唯一残念な点である。
また、海外へ行く先々で日本の文化が注目されていることを実感し、畳の製造
実演をすると子どもたちが寄ってくる。新聞にも様々に取り上げてもらっている。

アメリカのサンタモニカでは、LOHAS(持続可能な生活)のフェスティバルが
あって、参加してきたが、LOHAS分野においては、ヘンプ=エコロジーなものと
して捉えられている。日本では大麻は嫌われているが、海外ではブームである。

サンフランシスコは、アメリカで柔道が伝わった場所である。
そこで、よさこい、劇団四季の社長夫人などと行ってきた。サンフランシスコでも
台湾製の質が悪いが、畳はよく売れているという。


●畳とは?

稲藁で寝ていたのを、編んでムシロにしたものが、やがて形になったものが
畳になったといわれている。

元々は、天皇や殿様クラスの座として始まっている。一般に畳が普及したのは
明治時代からである。それまでは、一般の人はムシロや土間であった。
昔から畳の糸は大麻であり、畳づくりには大麻が必要なものであった。

たたみは、畳床、畳表、縁の3層で構成されている。大きさは、3種類あるが、
今ではほとんどが関東サイズ(江戸間サイズ)の大きさである。

京間サイズ:955×1910 近畿・中国・四国・九州で使用される
中京間サイズ:910×1820 愛知・岐阜・三重で使用される
江戸間サイズ:880×1760 主に静岡以北で使用される。


 ヘンプの縁を使った畳表

●柔道創始者「嘉納治五郎」の話

嘉納家は、酒造、回船業などを営む名家であり、勝海舟のパトロンでもあった。
1877年に東京帝国大学に入学。とても体が貧弱で、その劣等感から強くあったという。
それで強くなるために柔術を学び、その後、お寺を道場としていたが、すぐボロボロ
になるので、1882年上野の永晶寺に道場を開いた。これが今の講道館の始まりである。

この永晶寺にあった柔道場でつかっていた12畳の伝統的柔道畳を復元したいという
のが今回のプロジェクトの大きな目的である。

現在の柔道畳はプラスチック製、畳というよりマットみたいなものである。
天理大学のように畳表をつかっているところもある。

後に嘉納治五郎は、柔道連盟を組織したり、日本オリンピック協会において
第二次世界大戦で中止になった日本でのオリンピック開催を誘致したりと
日本のスポーツ界の発展に大きな功績を残した人でもある。


●柔道畳のカヤツリグサ

柔道畳はカヤツリグサ科の琉球イグサをつかっており、琉球畳と呼ばれている。
普通のイグサでできている畳は、琉球畳とはいわない。
トカラ列島が琉球畳の発祥地である。しかし、今は大分県が唯一残っている産地
である。これには深い歴史的背景がある。

江戸時代に大分の五郎左栄門が琉球イグサを求めて琉球へ行った。厳しい琉球国
の管理の目を盗んでの挑戦であった。1回目は盗んだが失敗。もう一度挑戦して、
盗みに成功。それから大分の豊後表というブランド名で主要産業として栄えた。

この左衛門は神社に祭られている。人が神社に祭られるのは非常に珍しいこと
である。琉球イグサのおかげ畳産業が栄え、大分は非常に裕福な地域になった。

その後、全国的に柔道畳が作られていたが、昭和30年代に減り始め、今では
大分県でしかつくっていない。
今回のプロジェクトでは、この大分のカヤツリグサを使う。


●畳床

畳床には、相模原にある田んぼで無農薬の米作りにこだわっているところの
稲藁を使う。これを埼玉にもっていって畳床として加工する。


●麻糸

畳の縦糸と縫い糸は、大麻糸を使う。そのため、昨年の長野県美麻で実施した
大麻糸づくりの体験に参加した。それが縁で鬼無里の畳糸復活の話までつなが
っている。


●北京オリンピックに向けて

9月に沖縄でLOHASフェスティバルがあって、そこで畳職人として出店する。
時代がエコロジーな畳を求めるようになってきている。このプロジェクトを通じて
死んだ人から今生きている人まで含めた人の想いがつながっていくことが
非常に面白い。血縁関係がなくても人はつながれるのが楽しい。

ちなみに日本が柔道が強かった理由は、畳の縦と横をうまく使いこなせたからである。
横はスベリ、縦は止まるという足の使い方があったからである。

今後は、早く1畳でもいいから柔道畳を復元して、日本の柔道連盟や日本の
オリンピック委員会にも注目してもらうような動きをしていきたい。

楽しんでやっているので、ぜひいろんな人と協力してやっていきたい。
柔道だけでなく、日本でのオリンピックの活躍を期待して、このプロジェクトを
盛り上げていきたい。


●鬼無里の麻畳糸復元に向けて

10月 麻煮  麻茎を木灰をいれた桶の中でグツグツと煮る
    麻はぎ 麻を繊維とオガラ(木質部)にわける
    麻ひき 麻の繊維を余分な表皮をとってきれいにする。
    日陰干し 1週間から10日ほど干す

11月 麻績み 精麻から麻糸をつくる

12月 麻撚り  麻糸に撚りをかける
    糸合わせ 2本の糸を合わせて1本にする
    保存  300筋ぐらいまとめて穴ぐらに保存

1月 寒晒し 雪に晒して、白くする。
   ヤジメにかける ヤジメにかけて1週間ほど引っ張る
   結束  600筋を1本(小結束)、それを24本で1丸(大結束)とする。

 鬼無里の寒い冬の様子

毎月1回、1泊2日コースで、全11工程の作業を復元する。
道具の問題、場所の問題などいろいろ課題はあるが、それを一つづつ
クリアして実施していく作業が待っている。最後の雪晒しなんて朝5時に
起きての雪の中での作業体験となる。

地元の作業経験者と、地元に移り住んだ若夫婦を中心にしていろんな人の
協力を得て実施する。
この作業は麻を触ったことが全くない方でも気楽に作業体験できるような
企画でなので、ぜひ参加体験してほしい。

参加したい方はこちらにメールを
信州麻プロジェクト協議会 担当:赤星
akahoshi@hemp-revo.net

   
以上



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