ふぁーみんぐ通信02年8月
        畑1反から麻布がいくらできるのか?  〜最近の疑問の巻〜


●奈良県月ヶ瀬村の奈良晒(ならさらし)


かつての麻織物の産地といえば「奈良晒」。江戸時代に栄え、武士階級の
衣服、反物の供給地であったのだ。明治時代からは、蚊帳地などに転換し、
中でもフランスのパリ博覧会に出品し、銅メダル賞状を授与した石打縞(いし
うちじま)という黒地に白縞の入った帷子(かたびら)は有名である。

他の麻織物の産地が第二次世界大戦を境に存続が難しい状況になったにも
かかわらず、なぜ生き残ってきたのか?月ヶ瀬村教育委員会が発行している
「奈良さらし」という本によると

1)昭和初期に創業1818年の中川政七商店の織布工場でき、織子の養成と
  麻布の普及に熱心だったこと

2)伊勢神宮の御料として毎年、上納している家、人々がいたこと
  現在では坂西家が担当している。


それから、当然、地元での保存会活動も見逃してはならない。昭和54年(1979年)
に奈良県の無形文化財に指定され、その後に奈良晒保存会に発足し、精力
的な活動をしてきたからである。保存会には中川政七商店、坂西家、岡井さんを
中心としている。それから、発足当時に定めれた技術の条件には

苧麻又は大麻をすべて手紡ぎした糸を使用すること、
手織りであること

の2点を保存要件としている。保存会のほかにも奈良晒の伝承教室、帝塚山大学
短期大学部の日本織物文化研究会(代表:植村和代)がそれぞれにがんばってい
る。


●奈良晒の素材の産地

この麻織物の素材である「麻」は、どこから仕入れているのだろうか?古くは
山形県、福島県、新潟県、栃木県、群馬県などからであった。今では経糸(たていと)
には、機械紡績の苧麻、緯糸(よこいと)には、主に栃木産と群馬産の大麻を使って
いる。

 私は、麻に興味ある人たちと一緒に奈良晒の原料となる大麻の加工技術を
昨年から習っている。この加工技術は、群馬県の無形文化財に指定されており、
岩島麻保存会というグループで麻の伝統技術を残しているのである。


●ところで、麻畑1反からいくら麻布ができるのか?

「ヘンプ55」という麻の入門書を書いた私が答えられない超基本的な質問がある。
麻畑の収穫データや農家が少ないという点と麻織物を実際にやっている人に
聞かないと全くわからないことから、この問題に対してはうやむやにしていた。

今回、「木曽の麻衣」という文献と麻農家、奈良晒の経験者に聞いて、データを
はじき出してみた。

            収穫量(1反)     
(1)麻畑    生茎     2100〜2500kg
         乾燥重    750〜900kg  
         皮麻     150〜180kg           
         精麻      60〜80kg

※1反=10アール=992平方メートル=300坪=0.1ヘクタール
    =32m×31m ・・・・面積的なイメージできました??

皮麻(かわま)は、茎から繊維を剥いだもの、表皮付きです
精麻(せいま)は、繊維についた表皮や不純物をきれいに取り除いたもの
これを裂くと麻糸になる。


(2)麻織物 鯨尺(くじらじゃく)で1尺=38cm
        1反=3丈2尺×1尺=1216cm×38cm  
        1反=400匁=1.5kg
           =平均48手(1手=6目)=経糸288本 
                  韓国の平均200本、安東布:240〜600本

(1)の精麻60kg÷(2)1反1.5kg=40反 ・・・・麻畑1反当たりの麻織物の量

これだけだと単なる重量計算から求めただけなので、
麻織物の工程から検証してみると

(3)木曽の麻衣では、

1機=2反 経糸4ツヅネ、緯糸2ツヅネ=計6ツヅネ=麻12束

1回の機織で麻織物2反つくれ、1機織る量の麻績み期間は、36日間
1ツヅネ=麻筒(オンケ)1杯=2ツクネ 麻績みすると6日間かかる

麻茎の1束からとれる精麻を1ツクネという
1束=6〜9寸 7.5寸=直径22.5cm(麻収穫時の束=麻切するときの束)

繊維付き麻茎の1束が

麻畑 1反 242.8束÷6束(1反に必要な麻束)
       =40反 ・・・・・麻織物

これは、岩手県の麻栽培データより 0.7反=17束を元にしています。


ぴったりとどちらも40反とでてきたので感動してしまった。しかし、これは
目安でしかない。麻織物の糸の細さや天候による麻繊維の収穫量の増減
があるからだ。


●昔は??

戦前の副業的に麻をつくっていた農家は、1反の10分の1である「1畝」ぐらい
しかつくっていなかったという。1畝=0.1反=0.1ヘクタール=30坪=99u

春に麻を植え、夏に収穫し、秋に糸を績み(麻糸をつくる)、冬に機を織る
というプロセスから母親(おばあちゃんでもよい)がこの麻に従事する時間
的余裕を考えると1畝ぐらいという。この面積から、麻織物の機織を1回分だけ
動かすだけの量が取れるのだ。つまり、1回で2反の麻織物ができ、それから
衣服や袋に使っていたのである。

1反という畑の面積は、とっても小さいが、人間が手作業でできる量を考えると
大きすぎるのかもしれない。今まで、この1反という大きさを「あー小さいなー」
とか「日本の土地は狭いからしかたがない・・・」という半ばあきらめの心境に
よくなっていた。麻織物のことを考えると自分自身の面積感覚がズレていたこ
とに気づいた。

それは、大量生産、大量流通、大量消費、大量廃棄の時代背景で自然に
植え付けられてしまった価値観だということだ。量が多くなければ、安くならない
という「規模の経済」にどっぷりつかっている中で、1反からの可能性を探る
思考は、私にとって案外新鮮であった。

 1反の畑で何ができるのか?最近、麻栽培の許可が下りた農家の面積は
1反程度である。1反で何もできやしないと勝手に決め付けてはいけない。

「1反でいろいろできる。もっと知恵を絞ろう!」


以上




各分野のレポートに戻る