麻による植物イノベーション創出プロジェクト

        技術の変化+社会の変化=イノベーション

 生物多様性が提供する生態系サービスは劣化の一途を辿っており、その原因の99.9%は人間の経済活動による持続不可能な利用と報告されている。将来世代が自然環境を享受しながら持続可能な生活を営むためには、生物多様性の喪失ではなく保全・再生に貢献する新しい経済活動をイノベーションする必要がある。

 イノベーションとは、新しい技術の発明だけではなく、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革である。日本では1958年の『経済白書』において、innovation(イノベーション)という英語が「技術革新」と翻訳されたこともあり、技術的側面が強い意味となっているが、本来は、技術と社会がセットになった概念である。
 
 このイノベーションを実現する植物にアサ(Cannabis Sativa L.)が注目されている。アサは、国連ミレニアム生態系評価(2005)で提唱された「生態系サービス」を担う模範的植物と考えられている。それは、食糧、繊維、医薬品などを供給するサービス、気候や病害虫制御や浄化作用のある調整サービス、精神文化を支える文化サービス、沙漠緑化などの土壌形成に役立つ基盤サービスを担うことができるからである。

 これらのアサの持つ特性と国内外でこれまで蓄積した研究及び技術をアサの利活用のために再編成することによって、技術の壁、コストの壁、市場の壁、社会の壁を乗り越え、イノベーションの創出を目的とした研究開発を実施する。

●アサの特性

 アサ(Cannabis Sativa L.)は、人類の有史以来の工芸作物(Indusutrial Crop)として衣料、縄、紐、紙、建材、食材、燃料、医薬などの生活用品を供給し、土壌改良、風害防止、病害虫の予防などの環境調節をもち、精神的・文化的な営みを支える植物であった。ところが、第二次世界大戦後の石油化学産業の発展による化学繊維の普及、1961年の麻薬に関する単一条約による世界的な規制により、アサ産業全体が急速に衰退してしまった。

 1980年代の地球規模での環境破壊の進行と欧米型食生活による人々の健康問題がクローズアップされると、単一条約の規制対象外である産業利用への道を切り開くための草の根運動が欧米でスタートした。その結果、1993年のイギリスで大戦後はじめての産業的栽培が開始されると、オランダ、ドイツ、カナダ、オーストラリアなどで近代的な大規模栽培、加工及び用途開発がはじまった。さらに医学分野では、アサ特有の成分であるカンナビノイド(cannabinoid)が61種類特定され、1980年代〜90年代に体内にカンナビノイド受容体と脳内マリファナと呼ばれる神経伝達物質も複数発見され、中枢神経や免疫システムを担うものとして医学・薬学においては世界的な研究テーマとなっている。

 一方、アジア諸国では規制植物であるために、産業利用への研究は1980年代の中国のアサ紡績研究以外では大きな進展はなかったが、近年に中国、韓国、北朝鮮で産業開発のプロジェクトが実施され、日本でも2008年から北海道北見市に「産業用大麻栽培特区」が出現し、イノベーション創出の萌芽的な取り組みが始まった段階にある。

 


これまでの研究

 アサが世界的な規制作物であるために、本格的な研究がされていないのが現状である。産業利用の進展が先行してはじまった欧米諸国といえども育種、栽培、加工及び用途開発までの研究は、小規模に止まっている。
 一方で、規制が厳しい日本では、逆に規制という観点からでの研究による次の3つの世界的な成果につながる研究を成し遂げている。
・九州大学薬学部によるアサの植物体内のTHC及びCBDの生合成経路の特定(1974年)
・帝京大学薬学部による脳内マリファナ2-AGの発見(1998年)
・金沢大学医学部による脳内マリファナが関与した逆行性神経伝達システムの発見(2001年)

 また、日本の文部科学省及び日本学術振興会が行っている競争的研究資金の科学研究費補助金(通称:科研費)では、「大麻草」「マリファナ」「カンナビノド」をキーワードにした研究テーマが2001年以降から増えている。これらの研究テーマの全てが規制物質という観点からであるものの、最近5年間では年平均8000万円ほどとなっている。

 「大麻草」「マリファナ」「カンナビノイド」関連の科研費採用件数の推移(1970〜2009年)

引用:日本の科研費におけるカンナビノイド研究の現状調査

 アサの利用という観点からの研究は極めて少ないが、九州大学薬学部と栃木県農業試験場による無毒大麻品種に関する研究、東京大学農学部及び日本大学による品種の違いによるDNA多型研究、長野県農業試験場による日本在来種に関する研究、北海道北見農業試験場による土壌浄化に関する研究などがある。

 しかしながら、日本では規制を前提とした政策及び社会的雰囲気が強いために単発的及び散在的な研究しかできておらず、世界的な研究成果を出している医学薬学分野ですら研究者同士のネットワーク及び産業創出を意図した野心的で独創的な研究は皆無である。

研究概要 

 イノベーション創出のためのアサの育種、栽培、加工、利用、社会制度といった文理融合一貫性のある継続的な研究体制の確立とその推進を行います。

 下記に取り上げている研究テーマは、今の日本に非常に必要なテーマであり、一緒に協力していただける研究者、協力者、研究資金の支援など、ヒト・モノ・カネ・情報が集結してから研究開始となります。関心のある方は、ぜひお問い合わせください。

<育種>
・民間によるアサ種子の品種管理及び在来品種の特性データベースの構築
・アサ種子の簡易なTHC検査技術の開発
・アサ・ゲノム全解読プロジェクト

<栽培>
・繊維とオガラ(麻幹)の効率的な分離技術の研究開発
・沙漠緑化作物としての効果に関する研究
・放射能汚染地のバイオレメデーション効果に関する研究

<加工>
・相分離システムのリグノフェノール及びパルプモールド技術を利用した
ヘンプ・プラスチック製造技術の確立のための研究
・ヘンプの茎からのBTL(バイオ液体燃料)の製造に関する研究

<利用>
・LOHAS&エシカル住宅「麻の家」の建築工法の研究
・天然由来カンナビノイドの安全性評価に関する研究
・漢方生薬「麻の実」の血糖降下作用に関する研究
・オガラ(麻幹)の軽量ボードの研究開発

<社会制度>
・日本におけるアサ利用特別措置法の制定に向けたアサ産業及び医療政策に関する研究
・アサの医食同源による疾病リスク軽減及び医療費抑制効果に関する研究

青字は、現在実施中の研究テーマです。

研究者および研究基金の募集 

当研究センターと一緒に研究活動に参加していただける大学教員、大学院生、大学生、一般企業、投資家、シンクタンク、公的研究機関、NPO、主婦、定年退職者、フリーターなど猫の手も借りたい状況です。

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