ふぁーみんぐ通信04年1月号
           化粧用ヘンプオイル〜品質管理のポイントの巻〜



1.はじめに

平成13年(01年)4月1日から薬事法に基づく化粧品の全成分表示制度が導入され、今まで化粧用原料として登録されていなかった原料であっても新しく日本化粧品工業連合会に登録することによって、製造者責任で使用することが比較的簡単に可能となった。その新しい原料の一つにアサ科1年草である大麻から採れる種子(麻の実)を搾油してできる麻の実油(以下、ヘンプオイルで統一)がある。平成15年8月15日までに登録されているヘンプオイルは2つある。

名称:アサ種子油  INCI:CANNABIS SATIVA SEED OIL
定義::本品は、アサ Cannabis sativaの種子から得られる脂肪油である。

名称:PEG−8アサ種子油エステルズ  INCI:CANNABIS SATIVA SEED OIL PEG-8 ESTERS
定義: 本品は、アサ種子油とPEG−8(*)のエステル交換により得られる反応混合物である。
*PEGは、「ポリオキシエチレン」又は「ポリエチレングリコール」の略。
PEG−8は、酸化エチレンの重合体。

 INCI 名:INCI (International Nomenclature Cosmetic Ingredient)に基づきCTFA(米国化粧品工業会)が公表している化粧品成分の国際的表示名称。

薬事法における「化粧品」の定義は、「化粧品とは、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪をすこやかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なものをいう」(第二条第3項)
主な該当商品は、石けん、歯磨き剤、シャンプー、リンス、スキンケア用品、メイクアップ用品等である。 一般的に化粧品の品質保持期間は3年とされ、ヘンプオイルを使用した化粧品にも同じ期間の品質保持が求められる。本文では、化粧用ヘンプオイルの品質管理に関するポイントを取り上げ、原料から消費(使用)までの注意事項をまとめてみた。



2.ヘンプオイルは酸化しやすいオイルといわれる理由

ヘンプオイルは、必須脂肪酸であるリノール酸とα−リノレン酸が3:1というバランスで含まれ、不飽和脂肪酸量が80%程度あるのが特徴である。不飽和脂肪酸の含有量は、全ての植物油の中でトップクラスを誇る。油脂化学の分野では、化粧用原料油脂の分類として、脂肪酸の不飽和度(二重結合の割合)によりによって次の3つにわけられている。

1)乾性油(ヨウ素価 I.V=150以上): 亜麻仁油、エゴマ油、麻の実油(ヨウ素価155〜175)
2)半乾性油(I.V=90〜150)   : 大豆油、菜種油
3)不乾性油(I.V=90以下)    : オリーブ油、椿油、馬油
 
不飽和度が高い=ヨウ素価が高い=酸素と結びつき不安定な過酸化物ができやすい=劣化しやすい油と油脂化学の中で位置づけられている。そのため、油脂化学の教養がある人にとっては、ヘンプオイル(麻の実油)は、「酸化しやすい油」と考えられている。
 


3.油脂の酸化とはどういう状態のことをいうのか?

油脂化学では、油脂が劣化することを「酸化」ではなく、「酸敗」(さんぱい)という。酸敗には、微生物作用と油脂原料の酸化作用がある。

1)微生物作用
リポキシナーゼ(油脂酸化促進酵素)は、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸などの多価不飽和脂肪酸を有する油脂類において、それらの二重結合に酸素を付加する触媒として作用する。

2)酸化作用(自動酸化)
空気中の酸素によって常温において徐々に起こる酸化反応を「自動酸化」と呼ぶ。
第一段階:酸素による酸化を引き金にしてラジカル(過酸化物)が発生する。
第二段階:ラジカルが連鎖反応的に不飽和脂肪酸を酸化してラジカルが生成する。
第三段階:ラジカルなどが互いに反応して消失することにより酸化反応が停止する。

自動酸化により色相の変化、臭気の発生は、第二段階で発生するため、第一段階において過酸化物が一定量以上になった時点で油脂が酸敗した(している)といえる。化粧品の油脂の品質基準やガイドラインは、製造者の自主基準に任されているため、過酸化物の発生量のコントロールが品質管理の重要なポイントとなる。



4.油脂の酸敗の要因

油脂の酸敗の最も大きな要因は、空気中の酸素による酸化である。その他にも様々な要因があるので、それを下記のようにまとめてみた。

<油脂の酸化を促進する要因>
     (酸化しにくい)        (酸化しやすい)
 酸素濃度 低い ←−−−−−−−−−−→ 高い
 保存温度 低い ←−−−−−−−−−−→ 高い
 光線 長波長 ←−−−−−−−−−−−→ 短波長
 キャップ面積 小さい ←−−−−−−−−→ 大きい
 化粧品含油脂量 多い ←−−−−−−−−→ 少ない
 製造時の加熱 温度低・時間短 ←−−−→ 高温・長時間
 水分量  最も酸化しにくい水分量がある
 金属イオン Cu,Fe,Mn,Cr,Ni,Co等のイオンは酸化を促進するが多い。

1)酸素濃度
 酸素濃度が高いほど酸化速度は大きくなる。空気中にはほぼ21%の酸素が存在する。食品では、ガス置換包装、真空包装、脱酸素剤の利用等によって、食品と酸素とが接触しないようにすれば、かなり酸化防止の効果は大きい。化粧品では、酸素透過性のないガラス容器を採用し、内容量を少なくすることがポイントである。
2)温度
 保存温度が10度上昇すると酸化速度は約2倍となる。例えば、夏場(平均気温:30度)1ケ月間の商品寿命であれば、冬場(10度)では4ケ月間となる。このことを踏まえて開封後の品質保持期限を定めることがポイントである。
3)光線
 酸化防止のためには光の照射は絶対禁物である。光の中でも波長が短い紫外線の影響が最も大きい。直射日光はエネルギーが非常に大きく短時間照射でも影響が大きい。ショーケース内の照明でもかなり酸化を促進するので、店内陳列でも安心できない。
4)その他
 金属イオン、PH、湿度、含有水分、空気との接触面積(化粧品の容器口の面積)などによって影響を受ける。



5.油脂の酸化の評価法

油脂が劣化しているかどうかを判断する方法はいろいろあるが、最も代表的な2つについて述べる。

1)過酸化物価(POV)
  油脂が空気中の酸素にふれると、油脂成分中の不飽和脂肪酸が酸素と結合して過酸化物を生じる。その量の測定値を過酸化物価(POV)という。一般には、この数値が大きいほど酸化は進行している。しかし極端に酸化が進むとかえって数値は減少する。

POV 0〜5mg当量/Kg ほとんど酸化していない
    5〜10 酸化が進みかけている
   10〜20 酸化が少し進んでいる
   20〜50 やや酸化臭がする。大きな障害はないが好ましくない
   50〜100 障害が起こる危険性がある
  100以上  吐き気がし、中毒を起こすこともある

ヘンプオイルの03年3月18日分析データによるとPOVは、
・ 食用ヘンプオイル  3.78 →ほとんど酸化してない
・ 化粧用ヘンプオイル 0.00 →酸化していない

2)AOM(Active Oxygen Method)試験
この試験は試料(油)を97.8℃に加熱し、同時に試料中に酸素を吹き込んで酸化を促進する事により、酸化誘導期を短縮して、短時間に安定性を比較しようとする試験法である。PV(過酸化物価)が100に達するまで(豚脂はPV20まで)の時間を測る。
精製した食用油のAOM試験データは、

食用油      AOM(時間)
 エゴマ油      6
 サフラワー油    9
 ヒマワリ油     12
 綿 実 油     13
 大 豆 油     16
 コ  メ 油     18
 ナ タ ネ 油   20
 トウモロコシ油   20
 オリーブ油     20

ヘンプオイルの03年3月18日試験データによると 
AOM(時間)  
食用ヘンプオイル                   7
化粧用ヘンプオイル                 9.5
化粧用ヘンプオイル+トコフェロール250ppm  9

ヘンプオイルは、多価不飽和脂肪酸(特にαーリノレン酸)が多いので、同じようにα−リノレン酸が多いエゴマ油(α−リノレン酸60%含有)と比較して妥当性がある。参考までに海外のHempNatの試験によると食用ヘンプオイルでAOM(時間)5となっている。



6.酸化防止剤である天然ビタミンEについて

天然のビタミンEには、α-、β-、γ-、δ-型のトコフェロールとトコトリエノールの8つの異性体があり、生理活性の最も高いのは、α-トコフェロールであるのはよく知られている。トコロリエノールは、一部の油脂にしか含まれていないため、一般にビタミンEは、トコフェロールのことをいう。
食品の栄養価として価値が高い(生理活性作用が高い)トコフェロールは、α>β>γ>δの順である。しかし、酸化防止作用では、δ>γ>β>αの順となり、逆の関係である。

化粧品に用いられている天然ビタミンEは、大豆油から得たトコフェロールでα10%、γ60〜70%、δ20〜30%の混合物である。

精製工程でのビタミンE含量変化(単位:全トコフェロールmg/100g油中)
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   油種類        原 油       精製油     残存率(%)
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  大豆油      114.91     86.43      75.2
  菜種油       63.81     48.33      75.7
  とうもろこし油  116.84     80.31      68.7
  米油        47.64     30.85      64.8 
  サフラワー油    50.04     30.32      60.6
  綿実油       87.73     56.19      64.0
  パーム油      15.90     10.43      65.6
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  麻の実油     100〜150   70〜105(推定値) 70.0%(推定値)

食用ヘンプオイルは、抗酸化物質のビタミンEが100〜150mg/100g当たり含有し、その90%以上が酸化防止力の高いγ−トコフェロールである。
 
抗酸化に必要なビタミンE量は、次の式で求められる(国立健康・栄養研究所 食品機能研究部より)

@0.3×二重結合数×オイル量(g)=天然ビタミンEの必要最小量(mg)

A化粧用ヘンプオイルの成分(03年3月18日分析データより)単位:%
飽和脂肪酸  パルチミン酸(16:0) 6.0
        ステアリン酸(18:0) 2.8 
        アラキジン酸(20:0) 0.8     
        ベヘン酸(22:0)   0.3
不飽和脂肪酸 オレイン酸(18:1)  12.6
        リノール酸(18:2)  57.2
        γ―リノレン酸(18:3)1.8
        α−リノレン酸(18:3)17.4
        イコセン酸(20:1)  0.4
※()内は、炭素原子数と二重結合数、不飽和脂肪酸とは二重結合が1つ以上あるもの

100gの化粧用ヘンプオイルに必要なビタミンE量は、@とAより
 0.3×1×12.6+0.3×2×57.2+0.3×3×1.8+0.3×3×17.4+0.3×1×0.4=64.62mg

この結果より、光さえ遮断しておけば、化粧用ヘンプオイルの容器内での過酸化物質による自動酸化(油の腐敗)は防ぐ必要最小量を満たしているので、直ちに自動酸化は発生しないといえる。
しかし、安全率を考えると必要最小量の2倍(129.24mg)となり、化粧用ヘンプオイルには、推定で70〜105mgと少ないため、他の酸化防止剤の添加が望ましいことがわかる。



7.化粧用ヘンプオイルの臭いについて

臭いの原因には、1)〜4)の4つが考えられる。

1)オイルそのものの臭い
  どのような臭いかと言われてもなかなか表現できないが、食用オイルの方が臭いがあり、化粧用オイルにはほとんど臭いがない。しかし、無臭ではないので、敏感な人によってはほのかなオイルだとわかる臭いがする。

2)オイルに従属的に存在する物質の与える臭い
 食用ヘンプオイルには、不けん化物質などの様々な微量要素があるため、グリセリン以外の臭いがあると考えられる。化粧用オイルでは、精製工程で臭いの元となる成分が取り除かれるので、食用オイルより臭いが少ない。 

3)精製工程などの加工工程によって新たに発生した臭い
  化粧用ヘンプオイルに限っては、加工工程によって発生した臭いは特にない。

4)オイルの変化物質による臭い
  貯蔵条件(温度、湿度、空気、日光、時間など)によって大きな差異があるが、変化物質による臭いは、次の2段階にわけられる。
@精製した油脂類が再び本来の臭気に戻ったもの
A油脂そのものが経時変化により鮮度が低下し、新たに発生した臭気

@は、別名「戻り香」と呼ばれ、油脂の酸敗の初期段階といってよい現象である。前述の自動酸化の段階では、第一段階の初期に相当する。Aは、油脂類特有の劣化現象であり、第二段階及び第三段階で発生する。
魚油の成分と似ているため、ヘンプオイルの本来の臭いを「魚のような臭い」と表現する人もいる。臭いがやや濃いと感じられた段階では、まだ自動酸化が進んでいない状態なので、皮膚への影響はないと考えてよい。



8.酸化防止剤について

ナチュラルヘンプオイルに添加した酸化防止剤は、ローズマリー添加物であるが、下記の図よりサンカトールの次に抗酸化力が高いことがわかる。
太陽化学(株)で製造しているサンカトール(お茶の抗酸化物質を利用した酸化防止剤)は、ビタミンE(ミックストコフェロール)よりもはるかに高い酸化防止効果がある。





9.品質管理のまとめ

ヘンプオイルには、精製の度合いによって次の3つの区分できる。
@未精製   : 食用ヘンプオイル
A精製     : 化粧用ヘンプオイル
B超精製 : ハイグレード化粧用ヘンプオイル

超精製は、非常にコスト高な原料であるが、色相は限りなく透明に近く、臭いは限りなく無臭に近い状態になる。消費者ニーズや需要によっては、製造の検討をする必要がある。

<化粧用ヘンプオイルの品質管理のポイント>

           対策
空気(酸素) ガラス瓶の使用
温度     冷暗所に置くことを注意喚起
光      遮光瓶の使用、外箱の使用
金属イオン  反応度が高い銅及び鉄の容器を使わない
酸化防止剤  ローズマリーなどを使用
臭い     ローズマリー添加、又はカラム精製する

・容器内での自動酸化の計算方法
過酸化物価(POV)の単位はmg当量/Kg、油脂1Kgに対して、酸素8mgごとに1ずつ上昇する。この法則を使うと容器内の酸素ガス量と容器内の油脂量がわかると、POVが自動酸化によってどこまで上昇するかが計算できる。但し、その期間は、温度、光、酸化防止剤の有無によって影響を受けるので一概にはいえない。

計算例)
300ml入りのボトルを開封し、半分の150ml使用した後、そのまま栓をして放置しておいたときのPOV上昇は?

容器 300mlのうち油量150ml、空気170ml(150ml+容器口20ml)
容器内の酸素は、170ml×0.21%(空気中の酸素含有率)=35.7ml(mg)
上記の法則より、容器内では、1.2mgでPOVが1つ上昇するので、
35.7ml÷1.2mg=29.75mg(POV)
前述のPOVの基準によると「20〜50 やや酸化臭がする。大きな障害はないが好ましくない」の範囲となるので、半分使用したまま長期間放置しておくと魚のような臭いが強くなることが判明する。



10.どなたか化粧用ヘンプオイルの研究しませんか?


とりあえず、私の方でわかっているのは、この程度である。
このレポートをベースにして、

・化粧用ヘンプオイルの微量栄養素の種類と量
・ヘンプオイルの臭いの原因
・ヘンプオイルの酸敗メカニズムの解明
・ヘンプオイルに適切な酸化防止剤の探索
・ヘンプオイルの保湿性・浸透性などの皮膚効果

こんな研究などを協力していただける方を探しています。
薬学系や医学系や栄養系の大学生や大学院生でもオーケー!
誰かいませんか!!!!

連絡先 本レポートの著者 
赤星栄志(Hemp Revo,Inc 代表)
akahoshi@hemp-revo.net


参考文献:化粧品用油脂の科学 他






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