ふぁーみんぐ通信07年3月号
       アサを使った土壌浄化の有効性〜ある農業試験場の取り組み〜



●硝酸性窒素の蓄積は全国的な大きな問題

地下水汚染や土壌汚染の一つに硝酸性窒素が注目されている。硝酸性窒素
とは硝酸塩として含まれている窒素のことで、水中では硝酸イオンとして
存在している。

人が硝酸性窒素を多量に摂取した場合、一部が消化器内の微生物により還
元されて、体内に亜硝酸態窒素として吸収され、血中でヘモグロビンと結
合してメトヘモグロビンとなる。これは酸素運搬能力がないため、体内の
酸素供給が不十分となり、酸欠状態となる(メトヘモグロビン血症)。

血液中のメトヘモグロビンが10%を越えるとメトヘモグロビン血症となって
チアノーゼとなり、30〜40%以上になると窒息状態になる。特に乳幼児が
硝酸性窒素濃度の高い水道水でつくったミルクを飲むとメトヘモグロビン
血症になりやすい。
 また硝酸性窒素は胃の中で発ガン性のN-ニトロソ化合物を生成する。

これらのことから水道水では1978年に水質基準が設けられ、現在の基準は
10mg/L以下(硝酸性窒素の分解過程でできる亜硝酸性窒素を含む)
1999年には、地下水や、河川などの公共水域にも同じ値の環境基準が設け
られている。


●硝酸性窒素の主な原因は窒素肥料過剰

硝酸性窒素は、肥料、家畜のふん尿や生活排水に含まれるアンモニウムが
酸化されたもので作物に吸収されずに土壌に溶け出し、富栄養化の原因となる。

硝酸性窒素の蓄積の主な原因は、窒素肥料の過剰施肥にある。植物の生育に
必要なイオン性窒素は、環境から摂取できる量が限られているので肥料として
適量を施肥する必要がある。しかし、施肥された肥料の一部だけが作物に
利用されるだけで、残りは土壌環境や水環境に排出されるのだ。農家は、少し
でも収穫量をあげるために、肥料を多めに施肥する傾向にある。その長年の
慣習による蓄積が大きい。

これは20世紀の初頭にアンモニアを人工的に合成することが可能になってから
常に起きている現象
であり、約100年間にわたる合成窒素肥料の大量使用に
よる健康が危惧されるまで環境への蓄積が進んでいる。

また、窒素肥料の環境動態の一つに亜酸化窒素(N2O)の大気放出があるが、
これは二酸化炭素よりも310倍の温暖化ガスであり、少量でも地球温暖化への
影響が大きいものである。


●バイオレメデーションとしてのアサ

日本各地で土壌汚染、地下水汚染、重金属汚染が問題となっており、その対策
の一つにバイオレメデーション技術がある。バイオレメデーション技術とは、
微生物、植物や動物などの生物機能を活用して汚染した環境を修復する
技術である。

 この手法で有効な植物としてアサ科1年草のアサ(学名:Cannabis Sat
iva.L、和名:大麻草、英名:Hemp)が注目されている。この植物は、硝酸性
窒素及びカドミニウム、銅、亜鉛の重金属の浄化能力が高く、二酸化炭素固
定量が多く、収穫後の用途として農業用マルチ資材が検討されている。


●アサの生育特性


アサは、双子葉植物の1年草で雌雄異株である。本州では播種時期は3月下旬か
ら4月上旬であり、100〜200本/uの密度で生育するように直播で行う。10ア
ール当り4kgの種子量となる。播種後、4〜10日で発芽し、3週間後に成長期に
入り、1日3〜5cm成長する。

100〜120日後に開花し、繊維採取の場合は開花前の7月中旬から8月上旬に収穫す
るが、種子採取の場合は、開花後の9月上旬から10月上旬に行う。3ヶ月で草丈
が約3mに成長し、生命力が強く、病害虫に強いため、農薬は特に必要としない。


●2005年の試験 アサの窒素持ち出し能力は高い!

畑作地帯の北海道オホーツク地域で硝酸性窒素による土壌汚染が深刻化している。
これらの地帯の小河川では、硝酸性窒素濃度は、平均7ppm。国の環境基準が10ppm
なので、これにかなり近いところの濃度だということがわかる。
道立北見農業試験場において、アサの土壌浄化の可能性について2005年度から
圃場試験を実施している。アサに着目した大きな理由は、作物が窒素を吸収す
る土層の深さが他の作物よりもあるからである。試験は、アサ、デントコーン
(飼料用とうもろこし)、ソバ
の3つで比較をした。

○アサの背丈は最大360cm、乾物生産量は3700kg/10アール(0.1ヘクタール)
(畦間60cm×株間40cm、窒素10kg/10アール、10月中旬)

○アサの根の深さ120cmに到達
(ソバ80cm、飼料用とうもろこし70cm)

○アサの窒素吸収量は、最大37kg/10アール

○アサの土壌からの窒素持ち出し量は最大27kg/10アール
 (ソバ17kg/10アール、飼料用とうもろこし6kg/10アール)

試験農場は、地下2mぐらいのところで地下水層があり、アサの根はもう少し
伸びてもよいと思われるが、さすがに水は根が腐るので、植物としては回避
する。だからアサの根が120cmとなっている。

 深さ120cmに伸びたアサの根


●2006年の試験


前年度と同じ場所で実施したため、土壌中の無機態窒素が少ない条件で実施
した。試験は同じくアサ、デントコーン、ソバである。
また、栽培密度(畦間60cm×株間80cm=疎植、畦間60cm×株間20cm=密植)
窒素施肥量を0kg、5kg、10kg、20kg、(すべて10アール当たり)の組み合わせ
で試験をした。

一般的に作物は、栽培密度を高めれば、収穫量が多くなり、窒素肥料を多くす
れば収穫量た大きくなる傾向にある。アサが密度と窒素肥料にどのように影響
するかの基礎的なデータである。その結果は、

○アサの乾物生産量は最大1400kg/10アール、窒素吸収量は22kg/10アール
 (条件は前年と同じ、9月中旬)

○アサは、土層からの窒素除去および溶脱低減効果は、
 ソバ、飼料用とうもろこしより大きい

○背丈、乾物生産量、窒素吸収量は、
 疎植より密植、窒素施肥量は多い場合に大きくなる。

○土壌からの窒素持ち出し量は、窒素(N)10kg/10アールで多い

これからわかることは、06年の試験条件であった窒素があまりにも少ない状態
ではさすがのアサも生育がよくなかったということである。しかしながら、
ソバ、飼料用とうもろこしと比べると窒素除去効果は高いことが判明。

3月の時点では結果がまだ不明であるが、これ以外にも窒素の吸収可能な領域調査
も窒素同位体を用いた試験を実施している。

 寒いオホーツクでも元気よく360cmに育ったアサ


●2007年度と今後の課題

今度は、試験農場を変えて、窒素施肥量による生育への影響をさらに調べ、
北海道での種子採取が、本州の暖かい栃木県の品種をつかっているので、
よくないことから、採種方法を検討することである。

北海道の窒素除去作物(クリーニングクロップ)としてアサが有効である
ことはほぼ明らかになった。アサの葉や枝に70〜80%の窒素を溜め、茎には
20〜30%を溜める。


このことは、アサが窒素をよく吸う収奪作物でないことを示唆している。
日本国内でも他の国でも、アサ収穫において葉や枝は畑に還元しているからだ。

窒素吸収の観点からは、現行の大麻取締法では、葉や枝の畑外の持ち出しは
規制されているので、今後はこの特徴を生かすような規制緩和が必要となる
だろう。また、種子に関しても、北海道と緯度が同じで、気候区分の似ている
ヨーロッパの品種導入もあわせて検討しなければならない。

アサは戦後、栽培規制のため、栃木県を除いてほとんど研究対象にもなって
いない作物である。地道ではあるが、これらの基礎研究の充実は今もっとも
必要な試みである。試験ははじまったばかりであるが、実用化のためにもう
一段研究を進めなければならない。今後の研究の発展に期待しましょう!

※注意事項:
アサの土壌浄化の有効性についてのまとまったレポートは、2007年度末に発表される
予定です。詳細なデータはそれまでお待ち下さい。

以上





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