ふぁーみんぐ通信08年4月号

ヘンプ−忘れられた油糧作物の復活
〜麻の実食品11億円、ヘンプ化粧品33億円の市場を約5年で創出?



<要約>

 健康に関連する機能性食品というのは、先進国では急激な成長産業のひとつとなっている。その理由は、従来の栄養学で解明されていること以上に、食品がいかに人の健康に効用をもたらすか、という消費者の意識が高まったためである。

 栄養素を研究することは、将来的に病気を引き起こす原因を取り除いたり、予防するための食事法としての役割も大きい。よって、食品製造会社は、健康機能に効果のある成分を単体として、また化合物として取り込んだサプリメントや食品を製造し、消費者たちは、日々そういった食品を摂取している。
高齢者のための食事法や、オメガ6脂肪酸の取り過ぎに関する研究は、慢性疾患や、欠乏性疾患の長期的な予防法として重要視されつつある。

 食品が健康に大きく関係するということを意識する人はますます増え、また、健康を維持するためには、医薬品を摂取するのではなく、食事を変えることが望ましいと考える人も増えている。
自然食品や、機能性食品の安全性と有効性を法的に認可するため、臨床学的、科学的な更なる研究が進み、またそれらの研究結果がメディアを通じて伝えていくことにより、このような傾向はますます強まることになるであろう。


<ヘンプ>
 健康食品や機能性食品への意識の高まりにより、製油産業は、従来の、菜種、大豆、ひまわり、とうもろこし、などの原料に加え、亜麻仁油、オリーブ油、ルリジシャ油、その他果実種油、月見草、そしてヘンプなどの特殊原料による製油市場を広げようとしている。

 ヘンプは、最も古くから人間が栽培していた作物のひとつである。少なくとも5000年もの間、食用の種子として、そして衣類などの繊維として栽培されていたと言われている。また、中国では2万年前から栽培されていたのではないか、という証拠もあるそうだ。
食用の種子や繊維として栽培されている植物としてのヘンプは、産業用ヘンプと言われ、花や葉の部分にTHC成分が0.3%以上を含まない品種のものである。この成分は、カンナビノイドとして知られているが、精神に作用することはほとんどない。
EUやカナダにおいては、THC含有量最大0.3%を上限に、産業用ヘンプとして認めている。特にカナダでは、産業用ヘンプのTHC含有量は0.1%以下が通常である。

 マリファナは、産業用ヘンプとは同じ種類に属するが、その違いは、THCの含有量が3?30%だということである。また、産業用ヘンプが3?6mにまで成長するのに対し、マリファナ用は1.8mほどである。種子製品を目的に、産業用ヘンプとして様々な品種改良が行われ、長く成長しないように、茎を短くする改良も行われている。

 ヘンプを資源として開発するにあたり、大きな課題となるのは、ヘンプという植物が、精神に作用する物質THCを含むという特別なイメージがどうしても付きまとうことである。この成分は、主に花の穂の樹脂部に存在するものである。カナダ保健省は、産業用、食用ヘンプを生産する際、THCの成分を10ppmまでと制限している。一方、スイスでは、ヘンプオイル製品においては50ppm、その他の製品においては5ppmまでとしている。

<産業ヘンプ>
 麻の実には細胞に同化作用のあるカンナビノイドは含まれていないが、不純物による影響で、カンナビノイドの成分が生じることがある。我々の研究によると、麻の実を水で洗浄するという簡単な方法で、THCを5ppm以下にまで削減することが可能であることがわかった。
また、実の外皮を取り除くなど、さらに細かな作業で洗浄することにより、2ppm以下にまで下げることも可能であった。

 ヘンプは北アメリカでかつて栽培されていたが、マリファナ課税法により、1937年にアメリカでの栽培禁止作物となった。ただし、小鳥の餌としての輸入は許可された。その後、第二次世界大戦中、軍事品として一時的に輸入が認められた。
1937年以前に、アメリカ農業省では積極的に麻の実の栽培、品種改良が行われていた。後に、東ヨーロッパの数カ国でのみその研究が続けられることとなり、中でも、ウクライナでは最も進んでいる。中国と東ヨーロッパ諸国は現在も麻の実を生産し続けている。

 現在、ヘンプは繊維の材料、また食用油として利用されているが、この論文で述べるのは、まさに食用油としての効用と利用についてである。
ヘンプ製品には様々の種類があるが、そのほとんどは、東ヨーロッパで栽培されたものである。もともと繊維として生産されていたが、やがて種子が作物として収穫されるようになった。フィンランドのN-314のような新しい製品により、製油会社としては安定した種子の収穫ができるようになった。
そしてカナダでは、ヘンプの品種改良を重ねた結果、種子の中の成分とその油の性質を変化させた新しい品種が作られた。

 ヘンプオイルは、朝食のシリアル、栄養補助食品、動物性ではない乳製品、パンや焼き菓子など、自然食品に多く使われるようになった。特に、油は瓶詰めや、カプセル状のサプリメントとして摂取できる。
自然派のボディケア用品や化粧品にヘンプオイルを使うことで、その市場は急激に伸びている。1990年代に100万ドルであったのが、2005年の北アメリカでヘンプを使った食品の市場は1000万ドル(約11億円)、化粧品においては3000万ドル(約33億円)にまでおよんだ。この5年間で、北アメリカの市場で年に約30?50%の成長率である。

<脂肪酸の組成>
表1 産業用ヘンプの成分(%)



 麻の実の組成は従来の採油種子とは違い、油分と同量のタンパク質や炭水化物が含まれている。(表1)タンパク質の量は大豆に比べると少ないが、油分が主成分である亜麻仁油や菜種油とは同じくらいの量を含んでいる。

 また、エキウム(ムラサキ科エキウム属の草本)やブラックカラント油(クロフサスグリ・ユキノシタ科の低木)と同じく、従来の種子油では珍しく、γリノレン酸やステアリドン酸が含まれている。ステアリドン酸は4つの二重結合を持ち、植物油にだけに含まれる。(表2)飽和脂肪酸の含有量は少なく、それは植物の成長の状況によって異なるが、カナダ産の麻の実は含有量の数値が最も低く、中国産の麻の実は最大値である。
αリノレン酸やγリノレン酸、ステアリドン酸などの多価不飽和脂肪酸の含有量も同様に、栽培時の環境が影響する。中国から輸入された麻の実をサンプルに分析した結果、γリノレン酸、ステアリドン酸の量は比較的低く、またはごく微量であることがわかった。

表2 ヘンプオイルと、その他植物性油との脂肪酸量の比較


 ヘンプオイルに含まれる多価不飽和脂肪酸の割合は、リノレン酸やαリノレン酸が多く含まれる従来の植物油よりも高く、その総量は85%にも達する。(表2)新品種の中にはγリノレン酸をおよそ5%含むものもある。同じ品種のものをカナダのプレーリー(牧草地)のような温度の低い環境で育ててみたところ、多価不飽和脂肪酸の割合が増加するということがわかった。

 エキウムやブラックカント油を含め、麻の実にステアリドン酸が含まれているということは、栄養学的には珍しく、特に3%以上含むということ自体まれである。
このような脂肪酸は、エイコサペンタエン酸(EPA)やプロスタグランジンの組成を促す新陳代謝の過程においての役割をもつ。新品種の麻の実は、脂肪酸の組成を、γリノレン酸、αリノレン酸、ステアドリン酸の効用を高めるような工夫がなされている。

<栄養学的機能>

 身体の新陳代謝や疾病予防のため、脂肪酸の栄養学的機能がますます注目され、中でも油の取り方に関心を持つ人が増えている。特に、γリノレン酸、αリノレン酸、ステアリドン酸の働きが注目されている。ヘンプオイルの効用の理由としては、オメガ3という必須脂肪酸の効用であるが、それは菜種油や亜麻仁油にも含まれているものである。αリノレン酸とγリノレン酸については健康食品市場でもすでにその効用が認められている。

 αリノレン酸とステアリドン酸のようなオメガ3脂肪酸は、血中のコレステロール値を下げ、血液凝固や血小板凝集を抑制し、脈拍を正常に保ち、血圧を下げる働きをもつ。
最近の研究では、オメガ3脂肪酸が、中高年における心臓病の発症を減らす効果があることがわかった。現代の食生活では、正常な新陳代謝を促すオメガ3脂肪酸が欠乏しており、適量のエイコサペンタエン酸やプロスタグランジンの摂取が必要であることがわかった。
 われわれの食生活は、オメガ3脂肪酸の欠乏により、様々な障害を引き起こしているのだが、商品化されている市販の精製油や調理用油では、リノレン酸の効用ばかりが取り上げられているのが現状である。最近になって、オメガ3脂肪酸の身体に与える効用を、すなわち食事によって病気を改善させる成分として、製造業者に訴えかけている。今後はオメガ3脂肪酸を重視した新たな食用油が求められる。ヘンプオイルにはオメガ3脂肪酸を多く含むので大きな可能性がある。

 ほ乳類の体内では、γリノレン酸はリノレン酸の転換により生成される。しかし、オメガ6脂肪酸が複雑な結合体であることで、細胞組織の中にほとんど蓄積されることはない。よって、通常γリノレン酸の代謝経路は脂肪酸から脂肪酸へ変換する時に効率が悪く、オメガ3,オメガ6への生成経路で同じ酵素が使われる。オメガ3、6に分解する過程で仲介物質を作り、双方の平衡を保ち、エイコサノイドやプロスタグランジンの生成を促進するためには、酵素だけでは不十分である。よって、γリノレン酸とステアリドン酸がその仲介物質として作用するのではないかということである。

<ヘンプオイルの効用>

 γリノレン酸を食用摂取することで、健康上の効用があることが明らかになり、最近になってヘンプオイルの食用としての効用にも関心が集まっている。
過去10年にわたる研究では、脂肪酸というのがあらゆる病気の原因に大きく関与しているのではないか、と指摘している。
例えば、リュウマチ関節炎の患者に、ボリジオイルやγリノレン酸の凝縮物によって治療した結果、病気の症状が緩和し、細胞組織内のプロスタグランジンが増加し、慢性的な炎症を抑える効果があった。
また、γリノレン酸はインシュリン依存型、非依存型糖尿病患者の合併症の治療にも効用が認められている。γリノレン酸とその代謝物が、表皮を保護し、アトピー性皮膚炎などの皮膚の障害の症状を緩和させる重要な働きを持つということも明らかになった。

 ヘンプオイルは月見草、ブラックカント、ルリジシャや、他のγリノレン酸を多く含む植物よりも高い数値のトコフェロールという抗酸化物質が存在する。
ヘンプオイルに含まれるトコフェロールの含有量は大豆油と同じくらいで、その中には少量のα異性体と共に、γ異性体が多く含まれている。
近年、この二つの異性体の働きが、天然の抗酸化剤として注目されている。

 また、γリノレン酸を含む植物油と比べ、ヘンプオイルは植物ステロールの数値も高い。そして他の植物油と同じく、ヘンプオイルで一番含有量の多いものはベーターシトステロール(β-sitosterol)で、次いでキャンペステロール(Campesterol)、スチグマステロール(Stigmasterol)がほぼ同量である。ヘンプオイルの植物ステロール量は大豆油と同じくらいの量である。その他の油はスチグマステロールの数値は極めて少ない。

 植物ステロールは健康をもたらす成分として健康食品業界で大きな注目を浴びている。早くから臨床実験が行われ、βシトステロールやシトスタノールのような誘導体は、植物油の天然成分であるが、総コレステロール値や悪玉コレステロール値を10?15%下げることがわかった。

表3 ヘンプオイルとその他植物性油のトコフェロールとステロール量の比較



<ヘンプオイルの色と葉緑素>

 完熟した麻の実は油として抽出した時、茶色がかった緑色をしており、香りの良いナッツ臭を持つ。均一に成長しなかった場合、実の中に大量の葉緑素が生成される場合がある。ヘンプの茎に多くの枝分かれを生じさせ、温度の低い場所で密集して種をまく、そうすることにより実をたくさんつけ、成長を促すことができる。成熟した実と、未成熟の実では、後者の方が葉緑素の量が増すが、双方とも同時に収穫されるので、未成熟な実が油になると濃い緑色となり、苦みのある香りの少ない油となる。しかし、葉緑素が多いほど、酸化しやすく、保存期間が短くなる。
我々の実験では、未成熟の実から作られたヘンプオイルの葉緑素の量は2500ppmを越えていた。また、トコフェロールの濃度は実の熟成度によって異なり、逆に、実の葉緑素の量に比例することがわかった。

 麻の実の胚乳部分(麻の実ナッツ)は必須アミノ酸を全て含む良質のタンパク源である。麻の実のタンパク質は大豆の成分と似ているものの、小麦よりは優れている。(図1)
麻の実の胚乳部分の中に、そのタンパク源の働きを妨げる物質があるかどうかを実験した結果、そのような報告は得られていない。
 
 アメリカを始め多くの市場で、麻の実や油を規制するか、認知するかはTHCの数値が問題であるとしている。
しかし、産業用ヘンプは機能性食品として有用だということは科学的に立証されていることである。産業用ヘンプではTHCは規定量以下に改良されているため問題はない。被験者評価では、アメリカにおいて通常の量の麻の実食品の摂取によって、THCやその他の代謝物の血液残存量の上限の基準(15ng/ml)を超えることはないとしている。この基準に達するには、毎日、125gのオイルを飲むか、あるいは300gの全粒種を摂取するかである。ただし、それはTHC量2ppmに規定されているカナダの産業の麻の実での場合である。麻の実は、ピーナッツ油のアフラトキシン(カビ毒の一種で、最強の天然発ガン物質・日本では輸入食品に対して10ppm以下に規制)と同じように、成分調整が可能である。

図1 ヘンプの実と、植物性タンパク質における必須アミノ酸量の比較


<結論>

 ヘンプオイルの構成成分は常食用油として市場価値がある。それは、高い数値の植物ステロールや抗酸化物質が含まれ、また貴重な脂肪酸を含む食品だからである。さらに、麻の実の胚乳部分(麻の実ナッツ)は栄養学的にも機能的に良質のタンパク源にもなる。

 自然食品業界は、ヘンプ産業の活性化に注目している。この好機を最大限に利用するには、人体や動物実験によって、麻の実やオイルのもたらす効用を科学的に実証、その栄養学的データを示すことが必要である。

翻訳:NPO法人ヘンプ製品普及協会インターン 泉本桂子Roman Przybylski;”Hemp-revival of a forgotten oilseed crop”,
PJ Barnes&Associates ,Vol.18,No.3, pp.58-62,March 2006.






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