ふぁーみんぐ通信08年10月号
     無薬品パルプのヘンプ・ペーパー〜国内最小ロットでの紙づくりの巻〜


●麻布のボロから紙へ

ペーパー(paper)の語源になったのは、エジプトで使われたパピルス草の茎を薄く裂いて、タテ・ヨコに並べ、水をかけて圧着乾燥させたものである。これは、正確には紙ではなく、紙のように使っただけである。

紙とは、植物など繊維を水に分散させて、すき上げ、薄く平らにして、乾燥させたものである。この定義に当てはまるのが、紀元105年に中国後漢の蔡倫が書写を用途とした紙の効率的な製造方法であった。このとき原料として使われたのが麻紙(大麻紙)であった。植物のヘンプから直接つくったのではなく、衣服として使用した後のぼろ麻布を原料にしてつくっていた。紙のはじまり自体がすでにリサイクルとしての利用だったのである。

 その後、ヘンプの紙が使われてきたが平安時代の延喜式によると和紙の原料であるこうぞの処理には、7日しかいらないのに、ヘンプだと32日もかかると記述されている。これはヘンプ繊維がものすごく強靭であるために当時の技術では手間がかかったことを示している。産業革命時に木材パルプが開発されてからは特殊な分野を除いて、ヘンプ紙は廃れてしまっている。 

 しかし、世界的な木材資源の激減の流れを受けて、3か月で3mに育つヘンプを再び製紙に使う動きがでている。現在の製紙工場においてヘンプ100%に急に変えることは難しいが、強靭な繊維という特徴を生かして、弱い木材パルプの補強材として5〜10%混ぜることが試みられている。カナダの研究によると木材パルプだとリサイクルに3回程度しか使えないらしいが、ヘンプを10%混ぜるだけで、7回以上も使用できると報告されている。日本の製紙会社も紙の偽装事件のイメージ払拭のために、紙の起源である「ヘンプ」を採用して原点回帰してもらいたいところだ。

 
注)ヘンプは、繊維からもオガラからも紙ができるが、今回の話は繊維からの紙をつくる話!


●1300年前に確立していたヘンプ紙の作り方

奈良の正倉院に1300年間保存されている大麻紙が無薬品で作られた紙であったことはほとんど知られていない。延長5(927)年に編集された「延喜式」巻13図書寮の項の造紙に関する記述から無薬品であったことがわかる。

図書寮における製紙関係基準
紙料 穀皮
(カジノキ)
麻(ヘンプ) 裴皮(ガンピ)
功(季節の労働時間)  長 中 短  長  中  短 長 中 短 長 中 短
煮(ニ)(木灰蒸煮) 3.5 3.4 3.2
(1950g)
3.5 3.4 3.2
(1950g)
擇(タク)(洗浄作業) 1.10 1.9 1.7
(937.5g)
1.3 1.0 0.13
(600g)
1.2 1.0 0.15
(600g)
截(セツ)(切断作業) 1.3 1.0 0.13
(600g)
3.5 3.4 3.2
(1950g)
1.7 1.4 1.1
(750g)
3.5 3.4 3.2
(1950g)
舂(ショウ)(叩解作業) 0.2 0.2 0.1
(75g)
0.13 0.12 0.10
(450g)
0.2 0.2 0.2
(75g)
0.8 0.7 0.5
(262.5g)
成紙(抄紙作業) 190 170 150 169 168 140 175 150 125 190 148 128
功は、各月の労働時間の長さのことです。長:4〜7月、中:2、3月、8,9月、短:10〜1月
単位:1.3=1斤3両=600g+37.5g×3 重さの単位です。
    十進法でないので、()内は、「中」のときのgで表記しました。これを目安に見てください。
成紙の単位:張(枚)
無薬品=苛性ソーダ、中性亜硫酸ソーダなどをつかっていないこと

この表は、各原料による製造ノルマの基準を表したものである。
布の場合は、衣服に使われ、適度に繊維がボロボロになっているので、切断作業からスタートし、麻は、栽培・収穫工程で、繊維とオガラを分離し易いように、煮る工程があるので、紙をつくるときの木灰蒸煮には省略されている。

また、製造ノルマの量から見ると、布と麻は、切断と叩解の作業がカジノキやガンピと比べて3分の1しかない。これは、織った布と同じぐらい麻は、繊維が強靭であっために、これらの作業に時間がかかったことがわかる。

現在の木材パルプにおいては、叩解装置(ビーター、リファイナーと呼ばれる)で、木材組織を切断と叩解を同時進行で行われている。しかし、長繊維の非木材パルプでは、機械抄き、手抄きに関わらず、切断と叩解の工程を分離して実施されている。

これは、ヘンプに限らず、フラックス(亜麻)、マニラ麻などの靭皮繊維には、繊維細胞と共にある非繊維細胞(柔細胞など)の2つの種類の細胞が大きく関係している。

靭皮繊維:繊維を構成する各膜層のフィブリル配列が繊維に沿って平行に近いので、
       フィブリル化しにくい
非繊維細胞:機械的な応力によってバラバラに崩壊しやすいやすい

針葉樹パルプをベースとした製紙科学の世界では、パルプ製造理論は、繊維長を短くして、抄紙しやすいフリーネス(濾水度という叩解の単位)を保ち、次に繊維間結合により必要な強度と紙質を得るためにフィブリル化(内部フィブリル化を主体)させることである。

原料をいかにフィブリル化を起こさせるかが一つのポイントとなっている。フィブリル化とは、繊維の表面から、ごく短い繊維の束(フィブリル)が出てくる外部フィブリル化と繊維を構成する各膜層(1次壁、2次壁外層、2次壁中層、2次壁内層)を緩ませて、柔らかくする内部フィブリル化がある。製紙理論では、内部フィブリル化の方を重視している。(ヘンプ繊維の各膜層については下図参照)

強靭で、しなやかなヘンプ繊維をパルプ化しようと思うと、フィブリル化しにくいものと、壊れやすいものという相反する性質をもったものに対応しなければならないのである。

この相反する性質に対応する方法が、切断と叩解の工程を分離した1300年前の図書寮の方法だったのである。昔の人はえらい!!





●無薬品でヘンプをパルプ化

現代の紙の製造には膨大な木材資源と薬品が使われている。この流れに対抗すべく、地域の資源を使って環境に良い製造方法として開発されたのが埼玉の優良パルプ普及協会の無薬品パルプ化装置である。この装置でケナフやバナナ繊維、東京都の間伐材などいろんな素材がパルプになる。その原理は、石臼のように磨り潰してパルプにする。その工程では、加熱せず、薬品を一切使わないので、通常のパルプ工場に必要な排水処理設備が不要なのだ。


非加熱、無薬品だとかなり単純化された工程!!(びっくり)


写真だと次のような感じ。

    (本体)        いい感じのヘンプ・パルプができました


今回は、この装置でできたパルプと古紙をブレンドして、ヘンプ繊維25%入りのカレンダーと名刺をつくった。「はからめ月のカレンダー」は、月に映る地球の影をはじめ、それを元に先人達が作り出した太陰暦(旧暦)潮汐、その他二十四節気、雑節、月ごとの歳時記などを分かりやすく、そしてやさしく記載し、地球と自分のリズムのわかるデザインになっている。名刺は、パソコンでプリントアウトして、自作できるA4サイズの名刺シートになっている。今後も色々なヘンプ紙商品を開発していきたいので、希望する方は御連絡下さいませ。


●紙造くんは、正倉院の紙の現代版??

日本におけるヘンプ紙の歴史が次の通り。

1997年 大麻堂  オガラ70%、竹30%のヘンプ紙を製造 
2001年 ヘンプ製品普及協会  ヘンプ30% 古紙70%のヘンプ紙を製造 
2001年 竹尾 麻紙GA(ヘンプパルプ50%、ECF木材パルプ50%)のヘンプ紙を製造
2001年 野州麻紙工房・設立 大麻和紙100%を製造 
2005年 ハレハレ本舗(高知県) ヘンプ和紙を製造開始 ランプシェードなど
2006年 岐阜県産業麻協会 美濃和紙「麻濃紙」を製造開始
2007年 竹尾 麻紙GA 廃番決定
2007年 ヘンプレボ 無薬品ヘンプパルプ25%、古紙75%のヘンプ紙を製造
2008年 竹尾 麻紙GAは、ヘンプ35%しか入っていなかった古紙偽装事件対象商品であった。
2008年 紙問屋シオザワ4030ペーパーサイトでヘンプ紙を販売開始!

さあー、正倉院の現代版の紙をつくろう!
という崇高な理念は、実は全くありませんでした(笑)。
麻紙GAも廃番というのが一番大きな動機であった。それと、ヘンプ読本を書いた2006年に無薬品パルプ化装置を本中に紹介していたが、実験だけで実際に製造していなかったことも大きな要因であった。

このパルプ装置は、正倉院のやり方の切断と叩解を、ヘンプのような長繊維・非木材原料でも同時にできる点にある。5〜10cmぐらいのヘンプ繊維をそのまま投入しても問題なくパルプ化できたのである。
ちなみに、1300年前の正倉院では、切断作業で1mmぐらいにカットしていたようである。
(これはたいへんだ〜)
但し、紙の品質に影響のある脱リグニンがどこまでできているかは、定かではなく、現在評価実験中である。

この装置からできる紙の最少ロットは、約500〜1000kgぐらいである。日本の大手製紙会社が非木材パルプをつくる工場ラインを廃棄している中で、ヘンプから紙をつくれる世界でたった一つの貴重な小規模無薬品パルプ工場である。150万円ぐらいで1ロットできるので、ヘンプ製品のさらなる普及のために貢献したい方を募集しているので、ピンと来た方はぜひご連絡を。


●無薬品ヘンプパルプ使用のヘンプ紙の名刺カードを新発売!!

商品名 小売価格 単位 販売単位 規格 備考
ヘンプ麻紙(A全紙) 200円 1枚 250枚/包 70g/u A全紙 880mm×625mm
ヘンプ麻紙(名刺カード) 1050円 10枚 1セット(10枚) 130g/u 名刺10面取り
ヘンプ麻紙(A4 サイズ) 90円 1枚 100枚 130g/u

ヘンプ紙の製造・販売のお問い合わせ akahoshi@hemp-revo.net


●ヘンプ紙のリンク集

シオザワ4030 無薬品ヘンプパルプを使ったヘンプ紙は、こちらで閲覧・取り寄せ・購入できます。

はからめ月のカレンダー
(2009年度カレンダー発売中、毎年10月頃に来年度カレンダーを発売します)

野州麻紙工房 NHK栃木でよく取り上げられているところです。

ハレハレ本舗 ヘンプ和紙壁紙、ランプシェード、ヘンプ和紙団扇などあります
(あ、ホームページが新しい!)

岐阜県産業麻協会 麻濃紙はこちらでお求めください


●参考文献
森本正和「現代的視点から見た図書寮製紙の考察」紙パ技協誌、第53巻第5号p66-73(1999)


以上







各分野のレポートに戻る