11年11月号
          大麻草と同じアサ科の仲間が増えました!
          
〜APG植物分類体系第3版(2009)の巻〜





●大麻草はクワ科?アサ科?

 大麻草の学名Cannabis sativa L. は、スウェーデンの博物学者のカール・フォン・リンネ(Carl von Linne ;1707−1778)によって付けられた。そのため、学名の最後に付く「L.」は、Linne(リンネ)からと取ったものである。彼は、生物種の分類学の基礎となった『自然の体系』(Systema Naturae)をまとめたたいへん偉大な方である。

 ちなみに、Cannabisは、ギリシャ語・ラテン語のKannabisで管(くだ)を意味し、「sativa」とは、栽培するを意味する。イネの学名は、Oryza sativa L.(オリザ・サティバ・エル)で、ここにも「sativa」が登場する。

 植物界(Plantae)の系統分類学は、様々な学説があって、時代とともに移り変わってきている。それは化石の研究、花粉の研究、生化学の分析技術の導入、多変量解析の導入、DNA解析の導入と様々な手法を駆使して発展してきた学問なのである。日本で広く採用されている新エングラー体系は、ドイツのエングラー(Adolf Engler:1844-1930)とプランテル(Karl Prantl :1888-1911)の学説を引き継いだものである。

これによると、大麻草は、クワ科 Moraceae に分類され、例えば、牧野新日本植物図鑑(1966年)、原色牧野植物大日本図鑑(1985年)などの今でもよく読まれている植物図鑑に見られる。


<新エングラー((Engler(Melchior and Werdermann eds. 1964))の体系>

被子植物門 Angiospermae
  双子葉植物綱 Dicotyledoneae
    古生花被亜綱 Archichlamydae
      イラクサ目 Urticales
        ロイプテレア科 Rhoipteleacea
        ニレ科 Ulmaceae
        トチュウ科 Eucommiaceae
        クワ科 Moraceae  → 大麻草(Cannabis sativa L.)はここに分類
        イラクサ科 Urticaceae


●アサ科はクロンキスト体系からの話

 新エングラーに対抗?!して世界で広く採用されているアメリカのクロンキスト(Arthur Cronquist:1919-1991)の植物分類体系(1981年と1988年に発表)がある。このクロンキストの学説は被子植物に限定した学説であり、植物界全体を見通すことができないという欠点がある。大麻草は、被子植物に分類され、イラクサ目の中においてアサ科と独立した科(family)になったのである。

<クロンキスト(Cronquist 1981)の体系>

被子植物門 Magnolipphyta
  双子葉植物綱 Magnoliopsida
    マンサク亜綱 Hamamelidae
      イラクサ目 Urticales
        バルベヤ科 Barbeyaceae
        ニレ科 Ulmaceae
        アサ科 Cannabaceae → 大麻草(Cannabis sativa L.)はここに分類
        クワ科 Moraceae
        ケクロピア科 Cecropiaceae
        イラクサ科 Urticaceae

このアサ科 Cannabaceae 2属3種からなる。

1)カラハナソウ属 Humulus
   @カラハナソウ、セイヨウカラハナソウ(ホップ)
   Aカナムグラ
2)アサ属 Cannabis
   Bアサ 

 ビールの苦味に使われるホップと大麻草が同じファミリーとして仲良く一緒になったのは、クロンキストさんの御陰である。ドイツの有機大麻ビールCannabianのメーカーによるとドイツで麦とホップと水しか使ってはいけないという1512年に純ビール法ができる前は、ホップと同じように大麻草の花穂も使っていたという。まさに、1981年に改めて同じ科になったのは偶然ではないのである。

私が初めて書いた大麻草の本「ヘンプがわかる55の質問(2000年)」やその続編の「ヘンプ読本-麻でエコ生活のすすめ-(2006年)」においては、このクロンキスト体系のアサ科を採用している。


●DNA解析を活用したAPG植物分類体系の登場

 APG(エージーピー)は、Angiosperm Phylogeny Group の頭文字を並べたものである。“Angiosperm”は被子植物のことで、子房に包まれた胚珠をもち、雌しべや雄しべ、花被などの組織からなる「花」を咲かせる植物群である。“Phylogeny”は系統発生を意味し、その学術分野(系統発生学)のことである。

APGは、DNA解析によって被子植物の全体的な分類体系をまとめるために集まった植物学者のグループであり、1998年に成果第一弾として「APG System」を公表し、2003年には第二弾として「APGII2003」を公表し、最近では「APGV2009」を公表している。

図1 APGV2009の分類(伊藤元己2010の資料を引用・加筆)


 従来の分類(新エングラーやクロンキスト体系)では被子植物を双子葉植物と単子葉植物に二分し、双子葉植物を離弁花と合弁花に分けていましたが、APG分類では、まず原始的な形質を備えた基部被子植物とそれ以外の系統(単子葉植物と、真正双子葉植物)に分かれて進化していったとしている。大麻草が属しているアサ科(Cannabaceae)は、バラ類(Rosids)のマメ類(fabids)に分類されたのである(図1参照)。


図2 APGV2009のバラ類(Rosids)


 バラ類(Rosids)をさらに細かく分類した図2を見ると、アサ科(Cannabaceae)は、バラ目(Rosales)に属する。同じ繊維作物であるイラクサ科の苧麻(ラミー)もここに属する。ロシアやベルギーで栽培されている亜麻は、昔はフウロソウ目であったが、APGではキントラノオ目に変わっている。大麻草によく似たケナフは、アオイ類に分類され、アオイ目であり、ワタ(コットン)やジュート麻(黄麻)と同じである。
 バラ類の分類から見ると、遺伝子的には大麻草は、亜麻、ケナフ、ジュート麻よりも、豆類やブナの木の方が近縁であることがわかる。


図3 APGV2009のバラ類(Rosids)バラ目(Rosales)の分類

 バラ目(Rosales)は、バラ科、バルベヤ科、ディラクマ科、クロウメモドキ科、グミ科、ニレ科、アサ科、クワ科、イラクサ科の9科に分類される(図3参照)。同じバラ目でもアサ科は、ケヤキやニレの木、桑、イチジク、コウゾ(紙の原料)と遺伝子的に近縁であることがわかる。

 大麻草は、人類の有史以来、繊維、食用、薬用などに使われてきた歴史的な作物であるが、DNA解析を活用した系統発生学においては、イラクサやクワよりも遺伝子的に古く、ケヤキやニレより新しいということがいえる。


●APG分類でアサ科が増えた!

 ここまで解説してきてようやく本題。同じ科(family)であるアサ科 Cannabaceaeは、大麻草とホップだけであったが、APG分類では、ムクノキ属や昔のエノキ亜科も含めてアサ科になったのである。クロンキスト体系の2属3種から9属170種のファミリーとなったのである。

<APGV2009のアサ科 Cannabaceaeの体系>

Aphananthe Planchon ムクノキ属 
Cannabis L. アサ属 → 大麻草(Cannabis sativa L.)はここに分類
Celtis L. エノキ属
Gironniera Gaudich.(エノキの一種)
  Helminthospermum Thwaites = Gironniera Gaudich.
  Humulopsis Grudz. = Humulus L.
Humulus L. カラハナソウ属
Lozanella Greenman (エノキの一種)
  Mirandaceltis Sharp = Aphananthe Planchon 
  Nematostigma Planchon = Gironniera Gaudich.
Parasponia Miquel (エノキの一種)
Pteroceltis Maxim. (エノキの一種)
  Sparrea Hunz. & Dottori = Celtis L.
  Sponia Decaisne = Trema Loureiro
Trema Loureiro ウラジロエノキ属


さて、ここで疑問である。
DNA解析において塩基配列の類似性が高いというがどの程度なのか?
ムクノキとホップと大麻草とエノキは、外観上どうみても同じ見えないのになぜ遺伝子的に同じなのか?

この当たりの詳しいことは、APGの分類に参加した研究者に直接聞かないとさっぱり不明である。

さらに、この分類はAPGV2009で終りではなく、未分類な植物もあって当分の間、様々な変更が予想される。
さらなる詳しい解析が進展すると、もしかしたらアサ科の仲間が増えたり減ったりするのかもしれない。

それから、大麻草自体の分類は、大きくわけて形態学的な分類とケモタイプ(化学型)による分類があって、これはまた色々な学説があるので別途紹介したい。これも遺伝子解析がすすめば、インディカ種とサティバ種で大麻草(Cannabis sativa L.)の1属1種説が分裂するのかもしれない。学問的には、超古典的な植物分類学であるが、APG植物分類の登場によっていろいろと興味が尽きない話題である。


<参考>

山本郁男「大麻文化科学考(その6)」大麻の植物学、北陸大学紀要、19,1-11(1995)

H. Melchior and E. Werdermann (eds.), ”A. Engler's Syllabus der Pflanzenfamilien. 2Bd., 12 Aufl.” (1964) Verlag Gebruder Borntraeger, Berlin

Arthur Cronquist, ”The Evolution and Classification of Flowering Plants. Second Edition” (1981), The New York Botanical Garden, New York.

APG III. 2009. An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG III. Botanical Journal of the Linnean Society 161: 105?121.

生物の学名と和名は何故ややこしいのか - 生物多様性情報探索のキー
http://www.gbif.nig.ac.jp/workshop_2010.html

Angiosperm Phylogeny Website
http://www.mobot.org/MOBOT/Research/APweb/welcome.html

Carnivorous Plants Web Site
http://www.honda-e.com/


 




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