11年12月号
          日本の小中高の薬物乱用防止教育の中の
          「大麻」の記述 〜ダメ。ゼッタイ。の巻〜





●はじめに

 小中高の学校教育の中で「薬物乱用防止」が明記されたのは、平成10年(1998年)の小学校並びに中学校の「学習指導要領」が改訂の告示からである。小学校学習指導要領では「第2章第9節体育:第5学年および第6学年」の「G保健」に、中学校学習指導要領では、「第2章第7節保健体育」の「保健分野」に「薬物乱用防止」が明記された。1年遅れて、平成11年(1999年)3月に高等学校の「学習指導要領」の改訂が告示され、「第2章第6節保健体育」の「第2保健」に「薬物乱用防止」が明記された。

 さらに、薬物乱用対策推進本部(本部長:内閣総理大臣)は、平成20年(2008年)に「第三次薬物乱用防止防止五カ年戦略」を策定し、「青少年による薬物乱用の根絶及び薬物乱用を拒絶する規範意識の向上」を目標の一つに掲げている。

 これらの教育政策の中で、「大麻」がどのような記述になっているかを平成23年度に使われた小中高の教科書及び副読本を調べ、その特徴的な記述について列記した。また、この記述についての著作者と編集委員についても取り上げ、その問題点や論点についてまとめた。


1.小学校

小学校では、5・6年の保健の教科書5点中3点に記述が見られ、副読本は2〜3月に全国の小学生5年生、6年生の保護者向けに配布され、2点中1点に大麻の記述がある。

分類 書名 出版社 出版年 発行部数 全頁数 飲酒の頁数 喫煙の頁数 薬物乱用の頁数 きっかけ・考えようの頁数 大麻の説明箇所 特徴的な大麻の説明
1 教科書 新しい保健5・6. 東京書籍 2011.2. 120
万部
49 2 2 2 - 2 薬物の別名 大麻/マリファナ、ハッパ、チョコなど
2 小学保健5・6年 : 見つめよう健康 光文書院 2011.1. 45 2 2 2 - 1 大麻摘発最悪2778名 読売新聞2009年2月20日付の記事を小さく紹介
3 たのしい保健5・6年. 大日本図書 2011.2 45 2 2 2 - 0 なし
4 みんなの保健5・6年. 学研教育みらい 2011.1 41 2 2 2 - 0 なし
5 わたしたちの保健5・6年. 文教社 2010.1 41 2 2 2 - 1 ハッパ・マリファナ・グラス・チョコ→大麻
6 副読本 わたしたちの健康(小学校5年生用) 文部科学省 2011.11 146万部 14 1 1 - 0
7 薬物乱用はダメゼッタイ子どもを薬物乱用から守るために(小学6年生保護者向け) 厚生労働省、 (財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター 2011年版 117万部 12 0 0 12 - 4 大麻(マリファナ)の場合:精神障害:大麻精神病(幻覚・妄想など)人格変容、生殖機能への影響、呼吸器系の疾患、
29歳の大麻乱用者が書いた手紙の一部、知能の低下が見られる。「大麻は有害なものとして世界的に規制されていなす。WHO(世界保健機関)の報告書によると、学習能力の低下、知覚の変化、人格喪失を引き起こすほか、使用を止めても依存が残るとされています。(注)Cannabis:a health perspective and research agenda(1997) Programme on Substance Abuse(WHO)


<記載事例>

副読本:薬物乱用はダメゼッタイ子どもを薬物乱用から守るために(小学6年生保護者向け)








2.中学校

中学校で保健体育の教科書は、3点あり、副読本は2〜3月に全国の中学1年生対象に配布され、2点ともすべてに大麻の記述がある。

分類 書名 出版社 出版年 発行部数 全頁数 飲酒の頁数 喫煙の頁数 薬物乱用の頁数 きっかけ・考えようの頁数 大麻の説明箇所 特徴的な大麻の説明
1 教科書 新・中学保健体育. 学習研究社 2006.1 120万部 144 2 2 3 3 6 大麻を乱用すると、感覚が異常になったり、精神が錯乱状態になったり、幻覚や妄想が現れたりします。乱用を繰り返すと、思考力が低下したり、無気力になったりします。また、精子数の減少や月経異常などの性機能の障害や、気管支炎、白血球数の減少などの身体的な障害が起こることもあります。                         
資料4:大麻乱用者患者が書いた手紙(男性29歳)を紹介
2 新版中学校保健体育. 大日本図書
2006.2
133 2 2 2 2 3 心身への影響:乱用すると、気分がそう快で陽気になるが、感覚が過敏となり、感情の不安定、思考の分裂をともなう。乱用を続けると、幻覚・妄想が続き、生殖機能などに支障をきたす。
3 新編新しい保健体育 : たくましく,生きてゆく,ちから : 中学校全 東京書籍 2006.2 144 3 3 4 2 3 主な症状・中毒症状 @精神の異常、幻覚、A判断力・記憶力・集中力の低下、無感動、無気力        
近年、急速な国際社会の進展によって、大麻やコカイン、ヘロインなど〜
4 副読本 かけがえのない自分かけがえのない健康(中学1年生) 文部科学省 2010年度版 140万部 46 5 5 6 4 4 図:大麻取締法による検挙者数、       大麻(マリファナ)は、感覚が異常になり幻覚や妄想が現れます。乱用を続けていると無気力になり大麻精神病になります。生殖機能の低下、月経異常を引き起こすという報告もあります。
5 MDMA・大麻・違法ドラッグは「ダメ。ゼッタイ。」(中学1年生用) 厚生労働省、(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター 2011年度 120万部 12 0 0 12 0 9 図:少年の大麻事犯の検挙人員の推移、Q:大麻を乱用するとどのような外があるのですか。A:大麻を乱用すると感覚が異常になり、「大麻精神病」といわれる幻覚や妄想、興奮状態などの精神異常が起こったり、行動がおかしくなり、普通の交友関係ができなくなります。また、「無動機症候群」といって、物事に無関心になり、まるで人が変わったように見えたり、毎日ゴロゴロして何もやる気のない状態になります。さらに、学力や運動能力の低下、生殖器官に異常が起こることもあります。


副読本:かけがえのない自分かけがえのない健康(中学1年生)








3.高等学校

高等学校では、保健体育の教科書で4点あり、高校1年生と3年生に副読本の2点あり、すべてに大麻の記述があった。

分類 書名 出版社 出版年 発行部数 全頁数 飲酒の頁数 喫煙の頁数 薬物乱用の頁数 きっかけ・考えようの頁数 大麻の説明箇所 特徴的な大麻の説明
1 教科書 現代保健体育. -- 改訂版. 大修館書店 2007.4. 120万部 174 2 2 2 - 6 事例:大麻による衝動的な行動や知的能力の低下
                            ※「大麻には害がない」「使い方によっては大丈夫」などという情報が存在するが、それは無知で無責任な人が流す誤った情報であり、薬物には例外なく人格を崩壊させる危険性がある。
2 最新保健体育. 大修館書店 2007.4 159 2 2 2 - 6 事例:大麻による衝動的な行動や知的能力の低下
                            ※「大麻には害がない」「使い方によっては大丈夫」などという情報が存在するが、それは無知で無責任な人が流す誤った情報であり、薬物には例外なく人格を崩壊させる危険性がある。
3 新保健体育- 改訂版. 大修館書店 2007.4 240 4 4 4 - 2 たとえば、シンナーや大麻は苦痛や不安感をとりのぞき、覚せい剤やコカインは興奮状態を引き起こす。しかし、同時に薬物乱用はさまざまな中毒症状をもたらし、心身に重大な影響を与える。
4 高等学校保健体育. -- 改訂版. 第一学習社 2007.2. 168 2 2 2 - 3 図4:高校生の薬物乱用(警察庁資料、2005)
5 副読本 健康な生活を送るために(高校1年生用) 文部科学省 2010年度版 130万部 50 6 5 6 4 5 図:大麻取締法による検挙者数、  大麻(マリファナ)は、感覚が異常になり幻覚や妄想が現れます。乱用を続けていると無気力になり大麻精神病になります。生殖機能の低下、月経異常を引き起こすとの報告もあります。
6 薬物について誤解をしていませんか??(高校3年生) 厚生労働省・文部科学省 2011年度版 111万部 8 0 0 8 0 5 図:大麻事犯の検挙人数の推移、Q:どのような害があるのですか。A:「大麻に害がない」というのは全くの誤解です。 アルコールやたばこと比べて、人体への有害性は低いということはありません。WHO(世界保健機関)の報告によると記憶への影響、学習能力の悪化、知覚への変化、人格喪失を引き起こすほか、使用を止めても依存性が残るとされています。 


 現代保健体育(高等学校保健体育・文部科学省検定済教科書):大修館書店




●「大麻」についての記述の課題

1.(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センターの情報をベースにしたものほとんどである。
  

厚生労働省所管の財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター「ダメ。ゼッタイ。」ホームページの根拠がアメリカの薬物標本の説明書「DRUG EDUCATION MANUAL」を翻訳し、一般的情報を追加した「薬物乱用防止教育指導者読本」(平成9年3月発行)がベースになっていることが市民団体の大麻報道センターによる情報公開法のやり取りによって行政文書として原文が存在することが明らかになった。(平成20年1月24日府情個第112号)(1)
 これについては、特に大麻精神病という不確かな病名が紹介され、すべてのホームページの記述に医学的根拠が不明瞭であることが指摘されており(2)、それを学校教育の現場で教科書及び副読本という形で堂々と使われているのは、大きな問題である。 


2. 日本の伝統文化と海外の医療大麻の実態を無視している。

 アメリカ16州、カナダ、オランダ、ドイツなどの医療大麻が合法化されており、それらについては一切触れていない。また、【「大麻には害がない」「使い方によっては大丈夫」などという情報が存在するが、それは無知で無責任な人が流す誤った情報であり、薬物には例外なく人格を崩壊させる危険性がある。】の書き方は、大いに問題がある。

日本の栃木県で栽培している大麻は、マリファナ成分が極めて少ない無毒大麻と呼ばれているものであり、それを神社の神事や横綱の綱、麻織物などの原料に使われており、使い方によって問題にならないものである。最近はその文化的価値が高いと認められ、大麻の生産用具が2008年に国の重要有形民俗文化財に指定されている。この教科書によると、栃木県等の麻農家とその原料を使う職人たちの存在や国の重要文化財の価値を全否定している。

また、1996年から医療大麻を合法化したアメリカのカルフォルニア州で、35000人会員のいるカルフォルニア州医師協会は、2011年10月16日にマリファナ合法化政策を正式に認めた声明を発表している(3)。日本の教科書によると、カルフォルニア州医師会=無知で無責任な人、マリファナ合法化政策=誤った情報、1996年から医療大麻で使ってきた実績=例外なく人格を崩壊、となる。医療大麻の実態とあまりにも掛け離れた荒唐無稽な文章であり、教科書の記載が国際的に大きな問題になる危険性がある。



●教科書の記述を変えるには?

 マスコミによる一方的な悪いイメージも大きな影響があるが、教育現場で使われている教科書や副読本の方が子どもたちにとって最も影響がある。将来、海外旅行や留学先で、マリファナを進められたり、医療大麻の実態を知ったとき、日本の教育的知識とのギャップに驚き、冷静な対応ができなくなる可能性がある。

まずは、出版社、編集委員、文部科学省に記述がおかしい、見直すべきだという意見をぶつけることが先決である。そのような意見がない・議論すらされていないのが現状であり、地道だがそのあたりからはじめるしかないであろう。「ダメ。ゼッタイ。」と念仏のように唱えている思考停止型の薬物教育から、リスクと効用のバランスを比較する問題解決型の嗜癖教育(恋愛、パチンコを含むあらゆる依存症を対象とする)に変えていくのが一つの提案である。

このレポートをたたき台にして、よりよい教育のために教科書と副読本の「大麻」の記述をどうすべきか?多くの方と議論をしていきたい。


1)厚労省の情報公開による異議申立http://asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=607
  日本の公的大麻情報http://www.asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=921

2)ダメ。ゼッタイ。ホームページの医学的検証 http://asayake.jp/thc/dameken.pdf

3)カルフォルニア医師会 マリファナ合法化政策を正式採用 
  http://www.cmanet.org/news/press-detail?article=california-medical-association-adopts-official



   




各分野のレポートに戻る