12年11月号
      Δ9‐THCは、農薬やジャガイモの芽と同じぐらい安全?!
          〜GHS分類で化学物質として評価するの巻〜





●現在のすべての化学物質に対する考え方


  すべてのものは、毒であり、毒でないものは何もない

   Paracelsus (1493〜1541):スイス人医師、バーゼル大学教授

     


 この言葉に集約されるように、すべての化学物質は、毒であり、それを安全に管理して、安心できるようにするには、その化学物質のリスク評価をして、それに基づいた管理をすることが大事である。

 リスクの評価(危険性の評価)=ハザード(毒性)×暴露量(摂取量) 

多くの化学物質は、この式によってリスク評価が行われて管理されている。
毒性が強くても摂取量が少しであれば、人体への悪影響が出ないが、毒性が弱くても摂取量が大量であれば人体への悪影響が出るという意味である。それをグラフに表すと次のような用量反応関係線になる。






●日本の化学物質関連の法体系



 
大麻草に含まれるTHCは化学物質であるが、大麻取締法自体は植物規制法であるため、上記の化学物質関連の法体系には含まれない。



●化学物質の管理=SDS(安全データシート)

多くの工業用原料は、MSDS(Material Safety Data Sheet、製品安全データシート)という様式によって原材料の履歴を管理している。この様式は、2003年の化学品の分類および表示に関する 世界調和システム(GHS:The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)=国連GHS文書の勧告を受けて、2005年にJIS(日本工業規格)に定められた。最近の改正では、2012年6月から化学物質排出把握管理促進法(化管法)に基づく情報提供を義務付けをしている。国際的にはMSDSではなく、SDS(安全データシート)なので、日本でもSDSで呼称が統一されている。

ヘンプ(麻)の工業用原料は、繊維、オガラ、種子(種子油)に分類されるが、いずれも天然物なので、本来はSDSの様式で管理することは不必要なのだが、多くの企業が原料管理の手法としてSDSを採用しているので、参考情報としてヘンプ原料のSDSを求められる。それに対応するためにそれぞれ作成している。

SDSに書くべき項目は全部で下記の16項目となる。その中で今回は、THCを1と2の項目に当てはめてみた。THCの実際の流通においても医薬品や鑑識の試薬としてTHC溶液を販売する場合には、このSDSが作成されているのである。

 1.化学品及び会社情報  
 2.危険有害性の要約  
 3.組成及び成分情報  ※含有する指定化学物質の名称、種別、含有率
 4.応急措置  
 5.火災時の措置
 6.漏出時の措置
 7.取扱い及び保管上の注意  
 8.ばく露防止及び保護措置
 9.物理的及び化学的性質
 10.安定性及び反応性
 11.有害性情報
 12.環境影響情報 
 13.廃棄上の注意 
 14.輸送上の注意
  15.適用法令  
 16.その他の情報


●Δ9‐THCのSDS(安全データシート)

1.化学品及び会社情報

製品名 Δ9-Tetrahydrocannabinol  → 正式には、デルタ・ナイン・テトラヒドロカンナビノール と呼ぶ
CAS 番号: 1972-08-3   → CAS番号とは米国化学会の一部門であるCASが管理運営する化学物質の固有番号
                   世界的に使われている共通番号のようなもの 1972-08-3はΔ9‐THCの番号である。
IUPAC
Name:  (6aR,10aR)-6a,7,8,10a-Tetrahydro-6,6,9-trimethyl-3-pentyl-6H-dibenzo[b,d]pyran-1-ol
    6a・7・8・10a−テトラヒドロ−6・6・9−トリメチル−3−ペンチル−6H−ジベンゾ(b・d)ピラン−1−オール
 → IUPAC Name : 国際純正・応用化学連合が定める化合物の体系的な命名法

製品コード 0088
会社名 株式会社カンナビノイド
住所 東京都千代田区永田町1丁目1番地
電話番号 03-1234-5678
緊急時の電話番号03-1234-5678
FAX番03-1234-5678
メールアドレス info@cannabinoid.co.jp
推奨用途及び使用上の制限   医薬品原料 生薬抽出物 試薬  → 取り扱う会社情報が記載(本文はニセモノ!)


●危険有害性の要約 物理化学的危険性



 SDSにおける危険有害性の要約の中で、物理化学的危険性をわかりやすくするために、国連GHS文書で絵表示が使われる。THCは、物理化学的危険性においては、上記の絵表示が一切使われないほど、有害性が最も低い分類となる。この結果は、当然といえば当然であろう。THCは爆発する火薬でもないし、高圧ガスでもないし、自然発火や発熱は起きないし、引火点が140℃ぐらいなので、引火性液体の基準である93℃以下に該当しないので、区分外となる。



危険有害性の要約 健康および環境有害性



健康および環境有害性においてTHCは、唯一、急性毒性(区分4)に該当する。ほかはデータがないので「分類できない」という表記になる。急性毒性(区分1−3)の絵表示は、ドクロマークでいかにも危険そうだが、THCはビックリマークとなっている。

よって、SDSにおいてΔ9‐THCは、包装パッケージに次のような表記となる。

-----------------------------------------------------------
  品名:生薬原料:大麻草の花穂
 
  成分:Δ9‐Tetrahydrocannabinol CAS番号:1972-08-3 内容量: 500g  
 
     警告

   
 危険有害性情報:飲み込むと有害(経口)



●急性毒性区分4の有害性の程度は?

さて、このTHCが該当した急性毒性区分4は、どの程度の有害性をもつのかを身近な様々な化学物質と比較してみよう。






まず、この急性毒性は、ラットが基準であり、経口摂取(薬物を口から入れて)の実験データに基づいている。そのラットが実験中(14日間)に半分の数が死んでしまう量=LD50を求めて、5mg/kg以下のものすごく少ない量でアウトなのが、区分1となる。

 日本食品分析センターで実験解説 → http://www.jfrl.or.jp/item/safetytrial/safetytrial2.html

区分1には、危険なものがいっぱい。食中毒の原因で、地上最強ともいわれるボツリヌス毒素、フグ毒、植物で毒草のトリカブト、サリン事件で使われたサリン、ドラマの自殺によく出てくる青酸カリが該当する。

区分2は、LD50が50mg/kgと少ない量で毒となるもので、タバコのニコチン、ヒ素、中国の餃子事件で有名になった農薬メタミドホスがこのあたりに該当する。区分1と区分2をあわせて、毒物および劇物取締法上の毒物に相当する。この毒物は、製品ラベルや取り扱い説明書などに「飲み込むと生命に危険」という危険有害情報を明記しなければならない。

区分3は、LD50が300mg/kgとやや少ない量で毒となるもので、トウガラシ(唐辛子)成分のカプサイシン、コーヒーや緑茶のカフェイン、医薬品では鎮痛剤のモルヒネもこのあたりに該当する。毒物および劇物取締法上の劇物に相当する。この区分は、「飲み込むと有毒」という情報を明記しなければならない。

区分4は、LD50が2000mg/kgの量で毒となるもので、THCが666〜1910mg/kgなので、この区分に該当する。同じ区分にあるのが鎮痛剤のアスピリンが400mg、ジャガイモの芽の毒であるソラニン450mg、ゴキブリほいほいのホウ酸2000mg。この区分は、「飲み込むと有害」という表記となり、区分3の有毒と比べて、穏やかな有害という表記になっている。

GHS分類では、区分5というものも定めており、、LD50が5000mg/kg以下の量で毒となるもので、食塩やお酒(エタノール)が該当する。ここの区分は絵表示はなく、警告、飲み込むと有害のおそれと表記しなければならない。

それで、昔使われていた農薬は、ここの区分でいう2や3が多く、毒物や劇物であったが、2007年に市販されている農薬は、毒物が1%、劇物が17%、区分4以上の普通物が82%となっている。つまり、この化学物質のGHS分類の区分上、多くの農薬は、THCと同じぐらいの急性毒性しかないということがいえる。

あれ、お酒で死ぬ人いるよ、農薬で自殺できるよ、という声が聞こえてくるが、まさに、現在の化学物質は、単なるハザード(毒性)だけの評価では片手落ちなのである。暴露量(摂取量)も一緒に考えることがポイントになるのである。お酒や農薬で死ぬのは、摂取量が多いからである。

THCの場合、ラットは急性毒性でLD50が計算できるのに、人間に近いイヌやサルでの実験では、死なない=LD50がない。さらに呼吸や心臓の鼓動をつかさどる脳幹にTHCをキャッチする受容体が存在しないので、大量摂取で死なないことが明らかになっている。大量摂取での安全性は、お酒よりはるかに高い。

しかしながら、この区分を見る限りは、THCは農薬とジャガイモの芽と同じぐらいの安全性があるといえる。オーガニック&自然志向の強い方は、農薬をものすごく危険だと思っているので、THCは農薬と同じぐらい危険性があるという評価するかもしれないが、現在の農薬は、毒物や劇物でない場合が多いので、逆に安全性が高い。それより、唐辛子やコーヒーやお茶の方が農薬より危険である(えーーーー!!!)。毎日摂取している量は半端ではない。キムチブームや辛口ブームで日本人の唐辛子摂取はかなり多くなってきており、危険性を問題にするならば、ハザード(毒性)×暴露量(摂取量)の観点から見直したほうがよいのでは?と思ってしまう。
 
(科学的に少々毒だと明らかになったとしても、食品なので許容してきた歴史があり、これからも許容するだろう)
 

   ニコチン < 唐辛子、コーヒー、茶 < ジャガイモの芽、THC、農薬 < 食塩、お酒  

よって、表題が刺激的だったかもしれないが、その理由を丁寧に説明してきたつもりである。


●どうして急性毒性区分4の農薬や大麻草が嫌われているのか?

自分でコントロールができて、馴染みのある危害は、軽く見える  例)タバコ、唐辛子、コーヒー

自分でコントロールできなくて、馴染みのない危害は、より大きく捉える 例)農薬、大麻草
                     (危険性だけが誇張して認識される)

合法=安全、違法=危険 とか
天然物=安全、人工物(いわゆる化学物質)=危険  という単純な見方はなるべく止めたほうがよい。

少し化学の知識がある方から見ると、自らの科学的な教養のなさを自慢するみっともない行為になってしまう。

リスクの評価(危険性の評価)=ハザード(毒性)×暴露量(摂取量) 

このリスク評価の考え方が、化学工業系でない職種の方にはあまり馴染みがないかもしれないが、放射性物質、食中毒、農薬、食品添加物、シックハウス症候群、電磁波などの身近な生活において天然と人工を問わずに化学物質に囲まれている。

それらの生活への利便性とリスク評価を比較した上で、何をどこまで許容できるか、できないかを考えることが重要である。

化学物質管理という視点でのTHCの話題は、いろいろと尽きないかもしれない。疑問を持つ方もいるかもしれない。

いずれにせよ、毒とは何か?というテーマの科学リテラシーのよいトレーニング教材になると思われる。


以上

   




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