13年3月号
               麻は日本の重要な農作物である
                      〜 指定農林物資検査法から見た麻の巻〜





 麻は、縄文時代から第二次世界大戦前まで誰でも自由に栽培することができた農作物である。しかし、1948年に制定した大麻取締法によって栽培が免許制度となり、自由に栽培ができなくなった。さらに、戦後の化学繊維の普及と生活様式の変化が麻の需要を激減させ、今では神社用途および伝統工芸分野の素材を中心に細々と栽培されているにすぎない。
 

 日本では、薬物乱用防止キャンペーンの「ダメ絶対」に大麻が取り上げられ、マスコミによる大麻=悪のイメージが強いため、農作物であったことが全く忘れられている。大麻取締法は、厚生労働省管轄であるが、それに基づく施行規則は、農林水産省と共管であり、農作物という側面をもつ。本レポートでは、麻が日本の重要な農作物であったことを農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)の前身の指定農林物資検査法の観点から明らかにしてみた。海外で衣食住および医療などの麻の多様な利用が進展する中で、日本でも麻を農作物として見直し、所轄を農林水産省にする意義についても指摘する。


●大麻取締法が出来た経緯を振り返る
  

 最初の麻の法的規制は、1930年「麻薬取締規則」(昭和5年5月19日内務省令第17号)であった。この規則は、1925年第2あへん条約の発行に伴い制定され、印度大麻草(カンナビス・インディカ)とその樹脂を規制した。日本では、繊維用の大麻草(カンナビス・サティバ)栽培であり、その規制は、麻農家には全く影響がなかったのである。

 当時の農林省(現・農林水産省)は、麻を主要な農作物として捉えており、同省が編纂して発行した冊子に掲載されている(下記参照)。特に日本における工芸農作物一覧(図表1)では、繊維原料に「大麻」があるだけでなく、油糧原料として菜種、大豆、ゴマ(胡麻子)、エゴマ(荏子)、亜麻(亜麻子)と共に麻の実を意味する「大麻子」で掲載されている。

農商務省農務局編、日本主要農作物耕種要綱. 特用作物 (大日本農会, 1917)
杞柳、除虫菊、大麻、苧麻、菜種、煙草、藺草、七島藺

農林省総務局編、昭和18年度 重要農林水産物生産計画概要 1943 :
重要農産物(米穀、小麦、大麦、稗、大豆、玉ねぎ、甘藷、馬鈴薯、苧麻、大麻、亜麻、黄麻)

図表1 日本における工芸農作物一覧 

農林省農務局編、農務局報. 第43号 (日本内地ニ於ケル主要工芸農産物要覧)(1925)


 日本で農作物として栽培されてきた麻の規制は、1945年8月15日の戦争終結直後の10月12日に連合軍総司令部(GHQ)に日本政府に麻薬に関するメモランダム(覚書)を発行したことから始まっている。メモランダム(覚書)を受けて、同年11月24日付省令の「麻薬原料植物の栽培、麻薬の製造、輸入及び輸出等禁止に関する件」によって、麻を麻薬と定義した上で、その栽培、製造、販売、輸出入を全面的に禁止したのである。

 当時の日本では、繊維原料としてはもちろん、魚網や下駄の鼻緒などの需要は多く、麻の栽培は不可欠であった。当時の農林省は、「大麻は日本の主要作物である」といって、再三の交渉の結果、この禁令は解除され、1947年4月に「大麻取締規則」厚生・農林省令第1号が制定し、麻栽培は免許制度となった。同時に厚生・農林省告示第1号では、栽培県を12県指定して面積を5000haとした。ここで注目すべき点は厚生省と農林省の共同管轄であったことである。

 翌1948年7月、前述のポツダム省令を集大成して医師が取り扱う「(旧)麻薬取締法」、と農家向けの「大麻取締法」が別々に制定された。大麻取締法は、厚生省管轄となったが実際の運用を取り決めた施行規則の方は、厚生省と農水省の共同管轄としたのである。このことは、元々、大麻は麻薬ではなく、農作物として位置づけられていたことを意味する。ちなみに1950年時点では、栽培者25118名、作付面積4049ha、その用途は、下駄の鼻緒52%、畳糸32%、魚網12%、荷縄4%であった。


図表2 大麻取締法と指定農林物資検査法の制定の関係



●指定農林物資検査法とは?

 大麻取締法および大麻取締法施行規則を制定直後の1948年8月2日には、法律第210号「指定農林物資検査法」が制定した。この法律の目的、定義、規格が法律条文に次のように書いている。

(法律の目的)
第一条 この法律は、重要な農林畜水産物の取引の迅速及び安全を期するため、適正且つ公平な検査を行い、あわせて当該物資の品質の改善を図ることを目的とする。

 (定義)
第二条 この法律において「指定農林物資」とは、国内において生産された重要な農産物、林産物、畜産物及び水産物並びにこれらを原料として製造(加工を含む。以下同じ。)された物資であつて別表第一及び第二に掲げるものをいう。

 (指定農林物資の規格)
第三条 農林大臣は、指定農林物資の合格又は不合格を判定し、且つ品質を識別するため、規格審議会の議を経て、各種類ごとに規格及びその施行期日を定め、その期日の少くとも三十日前までにこれを公示しなければならない。
 

この法律は、現在の日本農林規格(JAS)を定めている「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」の前身に当たるもので、日本の重要な農林畜水産物を決めたものである。この法律の別表第一に「大麻」が収載されている。農林省の直轄組織である全国各地の食糧事務所が管轄する農作物であったのである。

 別表 第一
 食糧事務所
わら工品、いぐさ製品、大麻、ちよ麻、亜麻、マオラン麻、除虫菊、みつまた、こうぞ、なたね

 都道府県知事
一般用材、弁甲材、坑木、杭丸太、電柱、造船用材、パルプ用材、押角、耳付板、仕組板、枕木、腕木、たる丸材、木炭、普通薪、ガス用薪、れん炭、豆炭、たどん、木ろう、はぜの実、魚類乾製品、魚類塩蔵品、魚卵製品、水産物つけ物類、水産物つくだに、ねり製品、塩辛製品、節類、削節類、食料魚粉、いか製品、たこ製品、貝類製品、乾えび(あみを含む。)、乾なまこ(ふじこを含む。)、海藻製品、鯨製品、冷凍水産物、種かき、寒天、水産動物油、水産肥飼料、真綿及び真綿製品

別表 第二
 都道府県知事
ソース、カラメル、食酢、種こうじ、育児菓子、食料びん詰、亜麻種、桐実、牛乳、バター、しいたけ、あべまき樹皮

 指定農林物資検査法は、大麻取締法ができる前身の大麻取締規則1947.4.23を受けて、5000haという面積制限と地域指定をした厚生・農林省告示第1号からの流れを組んでいる。図表3は、大麻取締規則の告示であり、図表4は指定農林物資検査法施行規則の省令であり、両方とも大麻草の栽培地の地域指定をしている。12県から17県に増えると共に、農作物としての管轄は、農林省であることがわかる。

 その後、指定農林物資検査法に基づき、農林省告示第三百八号(1949年10月3日)によって、日本農林規格(JAS規格)として特等、一等、二等、三等、等外の等級規格が定められ農水省の各食糧事務所による大麻検査が行われるようになった。


図表3 厚生・農林省告示第1号

大麻取締規則1947.4.23を制定したときと同じ日に昭和22年における大麻草の栽培区域および栽培面積を定めた。ここでは12県が指定された。


図表4 指定農林物資検査法施行規則(農林省令第64号)


図表3の青森県、岩手県、福島県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県、島根県、広島県、熊本県、
大分県、宮崎県の12県に山梨県、石川県、福井県、兵庫県、佐賀県の5県が追加されている。


図表5 厚生省農水省告示第1号大麻取締法第二十二条の規定によって定められた
1949年から1952年までの大麻草の栽培区域及び栽培面積(単位は町歩=ha)


図表5の制度は、大麻取締法が一部規制緩和(昭和28年5月17日法律第15号)したときまで続いた。この改正では、@大麻草の種子を取締の範囲から除外し、A免許と取締管理を厚生大臣、農林大臣、大蔵大臣(登録料の国庫管理のため)が行っていたが、これを都道府県知事に委任・簡素化した。さらにB大麻研究者が厚生大臣の許可を受ければ、大麻の輸入が可能となった。

農産物検査法(昭和二十六年四月十日法律第百四十四号)

(目的)
第1条この法律は、農産物検査の制度を設けるとともに、その適正かつ確実な実施を確保するための措置を講ずることにより、農産物の公正かつ円滑な取引とその品質の改善とを助長し、あわせて農家経済の発展と農産物消費の合理化とに寄与することを目的とする。

(対象30品目)
米穀、小麦、大麦、はだか麦、精小麦、精大麦、精はだか麦、小麦粉、大豆、小豆、えんどう、いんげん、緑豆、とうもろこし、なたね、かんしょ、ばれいしょ、かんしょ生切干、あわ、ひえ、そば、でん粉、はっか、除虫菊、大麻、亜麻、ちょ麻、みつまた、こうぞ、わら工品
 

 指定農林物資検査法で定められた大麻検査の規格は、後の農産物検査法(昭和27年7月22日農林省令第60号の改正)に統合され、1995年(平成7年)に改正されるまで存続したのである。大麻日本農林規格(現・JAS規格)には、精麻(せいま)と皮麻(かわま)の2種類の規格が定められていた。


図表6 大麻日本農林規格





●精麻(せいま)と皮麻(かわま)って何だ??


図表7 麻茎の構造の模式図



大麻繊維には精麻(せいま)と皮麻(かわま)の2つの種類がある。
皮麻は、靱皮(じんぴ)部分を収穫後にすぐお湯に付けて木質部から分離したものである。主に表皮と繊維とペクチン質(靱皮部と木質部をつなげているセメントのような役目をもつ)から構成されている。それに対して、精麻は、発酵工程を経て、表皮とペクチン質をきれいに取り除いて、繊維だけにしたものである。

<精麻と皮麻の用途の違い>
 精麻 : 下駄の鼻緒、綱・ロープ、織物、弓弦、神事用、畳糸(縫い糸)
 皮麻 : 畳経糸、魚網

 
写真1 皮麻(左)、生育時の緑色が残っている
     精麻(右)繊維質だけのもの淡黄色・金色に輝いている


図表8 昭和9年から39年の大麻生産高        皮麻     精麻
                                  ↓       ↓

 引用:農林省園芸局特産課編、特用作物の動向、農林省園芸特産課、1965

図表8のように精麻と皮麻は統計上、別々にカウントされていたのである。皮麻の方が戦後急速に衰退していったのは大口需要であった漁網や畳縦糸が他の天然繊維や化学繊維へ代替していったためである。



指定農林物資検査法が意味するもの

 歴史的な経緯からすれば、GHQのメモランダムによって、大麻は麻薬だ!と認定されて現・厚生労働省の管轄になった。しかし、日本の重要な農作物ということで、栽培全面禁止から免許制度となり、その管轄は現・厚生労働省と農林水産業の共同管轄という位置づけで施行規則ができたのである。

さらに、指定農林物資検査法によって「大麻」が重要な農作物として法的に位置づけられ、今日の日本農林規格(JAS)に相当する規格も農産物検査法で定められた。

 国会会議録検索システムhttp://kokkai.ndl.go.jp/ より
   参 - 厚生委員会 - 6号 昭和29年02月11日
○高野一夫君 もう一つ、私はこの大麻の取締をやるということならば、この成分がコカ、けしと同様にやはり麻薬の指定がされるかされないかということに非常に重大な関係があるのじやないかと思つているのです。それでその成分が麻薬みたいに悪用されるということならば、ここで麻薬の指定をする。それならばコカとかけしと同様に栽培についても厳重な取締をしなければならんわけですけれども、その成分は悪用されるけれども麻薬じやない。それで植物は取締るというところに農林関係と厚生関係の私は意見の食い違いがあるのだろうと思うのです。それで農林関係から言えば綱とか網とかいうものの材料もつとどんどん栽培さしたいという気持もあるでしようし、こつちからいえば悪用されるから取締るけれども、成分は何ら取締の対象になつていないということならば、このほかにも有毒植物はまだたくさんある。有毒植物で悪用されるものはたくさんあるのに、それらのものは取締つていない。今度は大麻だけ問題になる。そういうことで私は実質的な取締の必要は強調していますけれども、どうも考えてみると、多少理由薄弱な点があるように自分でも思うのです。だからこの点について十分一つ研究しておいて頂きたい。今期国会中あたりにもう一遍この問題について検討してみたいと思います。

大麻取締法制定から6年経た当時の国会の議事録を見ても、厚生労働省の立場と農林水産省の立場がぶつかることを指摘している。さらに、取締まる理由が薄弱であることも指摘されている。今、まさに麻が日本の重要な農産物として再び見直そうという機運が高まっている時期に、この両省の立場の相違が都道府県知事免許に大きな障壁となっている。

そこで、麻は農作物であることから、管轄を農林水産省に戦前の元通りに戻すことを提案する。

図表9 都道府県の農業関係部署を窓口にした場合


麻に含有する生理活性成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)のリスク評価と、お役人のプライドを足して2で割ると、図表9のような極めて現実的な解決案ができる。

現状は都道府県の薬務課が免許許可の判断をしているが、そこでの唯一の権限は、麻の栽培が保健衛生上の危害発生を防止出来ているか否かを見ることでしかない。具体的には盗難防止の観点だけである。

薬務課は、大麻取締法第22条の2(免許又は許可の条件)2項の「免許又は許可を受ける者に対し不当な義務を課することとならないものでなければならない」という条項を全く無視した指導をしているのが実態であり、麻は日本の重要な農作物であったことを全く知らない(知ろうとしないし、知りたくないというのが本音だろう)。

薬務課に対して、農業振興、食糧自給、新産業創出、六次産業化、有機農業推進、エコツーリズム推進をどんなに熱弁しても本来ならば、管轄外なので、その社会的な有用性の是非を勝手に検討して、勝手に判断してはいけないのである。その有用性を判断できるのは、農林水産省管轄の農政課だけである。

この提案のメリット

1)大麻取締法を変えなくても、栽培免許制度の詳細を記述した施行規則は厚生省・農水省の共管なので、都道府県当局の運用を変えるだけで実現できる。

2)薬務課は、大麻草栽培に対して全責任を負う必要がなくなる。

3)農政課は、有望な農作物を堂々と推進することができる。

4)農業者は、農業へ全く理解がない薬務課と交渉する精神的な苦痛から開放される。


5)この制度を導入した地域は、いち早く麻産業を立ち上げることができ、地域活性化および雇用創出などの恩恵を受けることができる。



以上

   






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