ふぁーみんぐ通信01年2月
  アジアの麻 〜第1回アジア大麻産業国際会議に参加〜



●アジアと麻のつながり

麻は、中央アジア原産であり、世界一の生産高を誇る中国、第三位の生産高
の北朝鮮、麻の歴史・文化がたくさん残っている韓国、そして日本。この北東ア
ジアにおいて、麻をテーマにした文化交流と産業振興ができるかもしれない。
また、タイやミャンマーなど東南アジア、南アジアのネパールやインドなどを加
えると麻がいかにアジアの人々にとって身近なものがだんだんと見えてくる。
 今までは、アメリカやヨーロッパの「ヘンプ(HEMP)」の情報がほとんどだったかもしれない。
これからは、アジアの「麻」の情報こそ大いに発信すべきではないだろうか。

●第1回アジア大麻産業国際会議が開催!(参加レポートを掲載)


2001年2月20日~24日の間、韓国・安東市(アンドン)で第1回アジア大麻産業国際
会議が開かれた。大麻繊維および大麻種子(麻の実)が世界一の生産高であ
る「中国」と、麻の歴史・文化をもち新しい産業として意気込む「韓国」、そして、
未だに規制でがんじがらめな「日本」。この3つの国が参加した国際会議・国際交
流の場であった。それぞれの国では、大麻に対するイメージや取り組みが違
うものの、麻をキーワードにしたアジア発のバイオマス産業革命の胎動がは
じまっている。
 さて、ここで、1日目から順にどのようなことをしてきたのか、
どんな成果を残せたのかを見ていくことにする。ちなみに私は、韓国に行くのは、
はじめであり、ドキドキ・ワクワクをしながらの参加であった。
韓国・安東市の位置

●2月20日(火) 

朝6時10分に羽田空港に集合。今回の日本人参加者は、全部で13名。男性7名、
女性6名で大麻の集まりには珍しく女性の比率が高く、心の中で「すばらしい!」
と感動のつぶやきを連発。羽田から関西空港に立ち寄って、大阪・名古屋の方と
合流して、韓国のソウルにある金甫空港へ。

さて、肝心の私は、2日前に京都・綾部市であった北近畿・百姓出会いの会に参加
したときに移された風邪の真っ最中で、38度の高熱を帯びながらの参加になって
しまった。私自身がまさに熱い!韓国の会議のはじまりであった。ちょっとしんどい
から行くのやめようかとも思ったが、キムチ料理とにんにく料理で直そうと考えていた。

それにしても安東市は、遠かった。金甫空港からバスに乗り継いで、安東市へいく
列車にのる。
このときにすでに夕方の6時。現地についたのが夜中の11時頃。安東駅に着くと
今回の会議の主催者のお出迎えと駅のポールに掲げてあった「歓迎!第1次亜細
亜大麻産業国際会議」の垂れ幕が私たちを迎える。誰が誰だかよくわからないうちに
とりあえず、握手して名刺交換をする。後でわかったことだが、この歓迎の垂れ幕が
宿泊するホテルにも、我々が韓国内を移動するバスの両側面にも、会議の開催
場所など全部で9箇所もあったそうだ。
 バスの垂れ幕です。

●2月21日(水)
安東市は、古くからの大麻栽培の生産地であり、なんといっても韓国一の品
質のいい麻布・安東布(アンドンポという)の産地なのだ。96歳のばあちゃん
が現役で麻織物の機織をしているのだ。すべて手作りでその繊細な布の肌
触りは、涼しげなのにやさしい温かさがあるものだった。安東布の生産現場
の視察では、昔から変わらぬ家で、昔から使っている機織で、昔ながらのや
り方で麻を織物にしていくところであった。そこから生まれた麻布(反物)は、
1mで3万円の価値が付く。まさに高級麻布である。
 安東布の生産者

午前中の視察の後は、安東大学の語学センターで国際会議がはじまる。
日本で国際会議というとNGOやNPO主催、企業主催、行政主催といろいろ
なパターンがあるが、韓国では、このような国際的なことは、行政が主催す
る。そのため、わざわざ安東市長がこの国際会議のために祝辞を述べにき
たり、市長主催のレセプション(交流会)が行われる。それにこの国際会議
の議長が安東市の市議会議員で産業建設委員の委員長(多分、市長、
副市長の次ぐらいに偉い人)なのだ。参加者は、韓国側には、市議会議員、
農業技術所、安東布保存会?、宝城の方、大学関係者、(株)安東大麻な
ど20名近く、中国側には和龍市の副市長ほか3名であった。

さて、韓国で大麻を(テェーマ)とよび、麻のことを「サン」、麻布を「サンベ」
という。一般的に、大麻=麻薬というイメージはなく、日本側の発表で、大麻
の薬理作用の話をしたとき、韓国側の参加者は、急にかしこまって下を向い
てしまったほどである。
 しかし、韓国にも1961年に採択された麻薬の国際条約である「単一条約」
後に大麻管理法ができ、許可を受けたものでないと大麻栽培ができない状
況になっている。
安東布をつくる大麻は、よい繊維を取るために7月はじめに刈り取るので、
薬理作用のある花穂の存在は全く知らないという感じであった。(大麻の花
は8月に咲く)この部分において、日本の伝統的な麻栽培者と同じ感覚であ
ることを実感した。
 私のような都会に住む若者が大麻栽培という話を聞くと異様に「薬理作用」
の部分にこだわって聞いてしまうだけで、当事者たちは「それがどうした?」
という世界のようである。
 
 夜の市長主催のレセプションは、ハングル語と片言日本語が飛び交う状況
であった。昔、日本が朝鮮半島を占領したときに強制的に日本語を教えた過
去の歴史を強烈に実感してしまった。日本も韓国も麻織物という伝統工芸に
携わる方々は年配の方がほとんどである。しかも、ちょうど子どもの頃に日本
語を教わった世代だったのだ。こちらの日本が多少通じてしまうことに戸惑い
を覚えつつも、ヘンプ55(ヘンプがわかる55の質問・大麻の基礎知識、赤星
くんの虎の巻)を片手に身振り手振り、ときには通訳の助けをかりてお話を
する。
 著者オリジナルサイン入りのヘンプ55を安東市市長に渡しました。国際会
議中に麻の葉模様の話がでていたので韓国側にも表紙のデザインの意味が
伝わっていたようである。

レセプション後、ホテルで大麻の研究者間の意見交換の場に参加。みんな
明日の国際会議の発表者の面々である。私もヘンプ55を書いたおかげで、
発表者の一員となっているが、何を発表すべきかは、今日の今日まで詳細を
決めることができなかった。なぜならば、韓国側がどんな話を求めているのか
のニーズが全くわからなかったからである。この意見交換の場では、韓国側
の議論に圧倒され、意見を挟む余地がなかったが、何が問題になっているの
かがよ~くわかった。

 簡単にいうと政府機関でもある農業試験場は、大麻を大量生産、機械化をして
大衆受けする麻布の生産をすべきだという論と安東布生産者は、伝統工芸の手
作り志向は、死守すべきという論で、ぶつかっていたのだ。安い中国産の麻布が、
ニセ安東布として販売されている状況下、韓国の大麻の産業化をどうすべきか?、
これがこの国際会議の開催の意義にもつながる奥が深いテーマなのである。

●2月22日(木)
 国際会議2日目、会議の開催場所である国立安東大学には、麻布の博物館があり、
生活科学学部衣類学科も存在する。その女性教授が発表があった。
 麻布の博物館は、日本の伝統工芸麻織物との比較でよく観察することができた。
私の麻歴(ヘンプ歴)は、たったの2年しかないが、栃木県立博物館、美麻村の麻
の館、麻の里会館で見たことと3万円で買った「織物の原風景」という本の知識が
少々役立てることができた。

韓国の麻布の利用者が高齢者層で、若い人は年寄りくさい服という位置付けらしく
若い人向けにデザインされた麻布が必要であることを強調していたのが印象的で
あった。また、麻布をニット化することによって夏限定の麻布を春、夏、秋と3シーズ
ン可能な衣服にすること、安東布のブランド化、自治体との連携が大きな課題とな
っている。

 びっくりしたのが安東布が年間35億ウォン(約3億5千万円)を稼ぐ商品であること
を聞いたことである。日本の各地の麻布を全部あつめてもこんな額を稼いではいな
いぞ!私の感想としては、課題としている多品種少量生産を実現するには、麻布
=衣類にこだわらずに、アクセサリーや住宅のインテリア用品、家庭の生活用品
など麻布をつかって、どんな生活提案をするのか?どんな生活シーンに使ってもらえ
そうなのかを考える必要があると思った。また、中国産のニセ物に対抗するには、
品質保証を表すラベル表示と品質をチェックする第三者機関が必要だと思った。

さて、午後からは、韓国政府の農業試験場の方の発表があった。その発表は、未
知なる韓国・大麻栽培事情がよくわかってとても面白かった。面積にして、1998年
でも591haもあり、これは、日本の49倍も大麻栽培がされている(日本はたったの
12haです)。しかし、そのほとんどが家内手工業の域を脱せず、THC(大麻に含まれ
る向精神作用物質)が2%前後で大麻管理法の関係上、産業化するには、低THC
品種が必要という認識であった。ヨーロッパの低THC品種(産業用大麻品種)も試
験したが、日長時間が韓国の方が長いので、30センチほど成長したところで花が
咲き、使い物にならないとのことであった。また、大麻がもつ成分で害虫回避、殺虫
効果の研究も進めており、じゃがいも、小麦の昆作や輪作によって害虫防除効果を
調べてたりしていた。大麻の精油の効用にも注目しており、様々な
製品開発の可能性も研究していた。

 いや~、日本の農業試験場とは大違い!。私は、正直にいって日本にいてもこれ
以上、大麻の実質的な研究があまりできない状況ならば、韓国に行こうかな?と
真剣に考えてしまったほどの発表内容であった。

●私の発表
ようやく私の発表の出番が回ってきた。ちょっと時間が押していたので通訳入れて、
30分以内に終わらなければならなかったが、元々内容的に15分程度を想定していた
ので「自分の一番いいたいことを言おう」「前日の農業試験場と伝統的生産者との
無用な対立を解消しよう」という高い目的意識?!をもって発表に望んだ。

(ヘンプ55の本を持っている方は、ページ番号を記してあるのでそれを参照に
見てください!)

・はじめに(2頁)のヘンプの4つの利用分野と国内外の動向の表
種子・茎を利用、繊維型の品種、法律上大丈夫
1)産業利用 Industrial hemp :衣服、化粧品、食品、建材、紙など
2)伝統工芸 Traditional hemp :麻織物、神事用、結納品など

花穂・葉を利用、薬用型の品種、法律で禁止(海外で一部解禁)
3)医療用 Medical marijuana :鎮痛剤、緑内障治療薬など
4)嗜好品 Recreational drug :マリファナ、ハッシッシなど

大麻の有用性を議論するとき、この4つの分野を混ぜて、一緒に議論すると
非常に混乱を招く。この4つの分野に分けて説明しようと思い立ったのが、
昨年10月つくば大学で行われた環境経済・政策学会で大麻の有用性を
発表したときだった。
 産業利用と伝統工芸は、対立するものではない。つくる製品も対象とする
マーケットも全く違う。棲み分けが可能であり、お互いが共存共栄できる。

・世界の大麻生産(9頁)
世界一の大麻生産国の中国をかかえるアジアは、大麻の生産基地になれ
るところである。しかも、歴史的、文化的に大麻とつながりが深いことも特徴
である。

・日本の大麻生産(28頁)
100年前は、2万5000haあったが、1998年には12ha、栽培者はたったの102名
しかいない。日本で産業化しようという動きがさかんになりつつあるが、実態は
この程度しかない。ホントにこれから産業化がはじまる段階である。

・麻の博物館(55頁、56頁)
栽培面積はすくないが、博物館はたくさんある。美しい麻がとれる産地として
有名だった美麻村。今でも保存会があり、日本一の麻がとれる岩島。(岩島の
麻のパンフレットは、コピーをしてもらって参加者全員にわたした)

・大麻産業の有望市場(58頁)
大麻からプラスチックやエネルギーがとれるという話が前日の発表であったが、
現実的な経済活動をするには、石油製品の安さには勝てないので市場性は×。
まだ、紙や建材の方が、市場性があるので○。
一番有望なのが、麻の実の食品分野。これは、先進国に多い成人病、生活習慣
病の原因に食生活が大きく関係しており、豊かな食事をするとどうしても肉類の
消費が増え、食物繊維をとらなくなる。この状態に麻の実は、栄養的に非常に
有効である。料理のメニューを開発し、加工食品を開発すれば、市場性があるので◎。

・大麻の伝統工芸(福島県昭和村・からむし織の里の織姫制度を紹介)
この村の織姫制度という地域産業興しの事例を報告。この制度は1年間、無料で住宅と
食事を提供し、参加者はずっと麻織物の技術を学べるという制度。日本全国から
手作りの織物好きが集まり、6年間で26名の参加者し、そのうち、13名が村に定住、
その中で10名近くが地元の青年と結婚。おいしい食べ物と村の雰囲気と大好きな
織物ができる環境で、地元の青年もかっこよくみえたそうです(爆笑)
 ぜひ韓国の安東でもこの制度を取り入れて、韓国中でなく、全世界中の織物好き
を集めてみてはどうでしょうか?

・大麻産業の課題(59頁)
大麻=麻薬というイメージの払拭、これは日本の課題ですが。それからバイオマス
(生物資源)としての課題もある。1番が製品化のコスト、2番が品質の表示(市場での
信頼性)、3番がマーケティング不足。
 特に我々は、大麻を供給する側なので供給者の論理で物事を考えがち。
大麻でこんなこともあんなこともこれもあれもできる!!だから大麻がいいのだ!
という感じである。
これでは、大麻製品の押し売りである。押し売りでは1回は、買ってくれるかもしれな
いが、2回目からは買ってくれない。
 需要側、大麻の製品を買う側がどんなことを望んでいるのかニーズを把握する必要
がある。これからのビジネスの基本は、物やサービスを人々に提供するとき、
何か相手の困っていることを問題解決してくれることでないと売れません。

1.自分が困っていること、
2.他人が困っていること、
3.世の中が困っていること、
4.地球が困っていること、

これらの困っていることが何なのかを探す努力をもっと我々はしなければならない。
 この「困ったこと」を解決するために大麻がどのように貢献できるかを考えるのが
この国際会議の場である。私もこの困ったことを探している途中なので、皆さんと
一緒にこれから考えていきたい。
 
 私の発表は、こんな感じでした。とにかく、大麻であるならばなんでもかんでも
できるという夢を韓国側に持たせすぎるのは危険なことなので、現実的にできる
こととできないことを言ったつもりである。また、どうしても大麻の供給者側の論理
で物事を考えてしまう私たちは、いったんその思考回路を捨てたほうがいい
とい
うことも言いたかった。
 それから、大麻産業国際会議の場で医療用、嗜好品の話をするのはちょっと
ふさわしくないなーと思った。事実、韓国側に混乱をもたらしてしまった感じがした。
大麻という植物だから医療用と嗜好品の話抜きには、俺は語れん!という方も
いるかもしれないが、韓国側の今回の会議の意図を踏まえると産業利用、伝統
工芸の話で意見交換を望んでいたと思われる。

●2月23日(金)
不覚にも前日、国際会議の議長を務めた市議会議員で産業建設委員長の金(キム)
さんからの飲みのお誘いとその後のカラオケのお誘いを誘われるままについて
いき、ガンガンに飲んで踊って歌ってしまった。いやー、これも国際親善という
ことで夜中2時まで楽しくお付き合いしてしまった。(但し、声がつぶれた)
 ハングルと日本語が飛び交うカラオケも粋なものでした。

この日は、国際会議はもう終了して、韓国の儒教文化が今でも残る安東市の
観光ツアーであった。雨が降っていたので室内で観光できる場所に変更した
けれど、それでも十分に安東市の歴史、文化、焼酎?!に触れることができた。
 特に河回村という場所は、1999年4月にイギリスのエリザベス女王が来韓して
から観光地となったところらしく、その村は、韓国の昔ながらの藁葺きの住宅街
で、村人が300名近く今でも住んでいるとのことである。ちょうど、映画撮影の
ためにきていた俳優の高倉健も河回村にいたそうだが、ボディガードに阻まれて、
見ることすらできなかった。

 会議の後のレセプションに必ずでてきた安東焼酎、アルコール度数が45度
の素敵なお酒の焼酎製造工場の見学にもいった。当然、試飲をして、昼間か
らいい気分に。友人たちへのお土産にキムチを買う予定がなかったので、
この安東焼酎にした。
 民俗博物館は、まるで大麻博物館であった。昔の人々に麻布が密接に関係
していたことが人目でわかるところであった。多分、麻に興味がないとこの博物
館の面白さがちょっと半減してしまうかも。今でも麻布は、人々が死んだ後の
経帷子(キョウカタビラ)、死んだ人をまとう布として使われているのだ。麻布だ
と自然に帰る(土に戻る)という言われだそうだ。

 それから安東市は、仮面フェスティバルで有名らしい。アフリカ、アジアなどの
各国の仮面(日本だと能面とか)たちが踊りや歌を披露する場が10月に行われ
ている。この国際会議の成果として、次回の集まりをこの仮面フェスティバルに
しようという話もあって、10月に再び安東市へ行く気になってしまった。

夕方、安東市の市役所を訪問し、市長の表敬訪問をした。安東市は、人口19万
人の地方の中小都市で、農業がさかんな地域であるが、今後は、観光産業を
さかんにしていきたいらしい。この観光産業も一過性の表面的なレジャー観光ではなく、
文化体験型の観光を推進するとのことだった。おそらく、ばあちゃんと一緒に
麻織物体験とキムチづくり体験ができるような観光だと思われる。

●2月24日(土)
すべてのプログラムを終了し、本日は日本へ帰るための移動日である。
雪が舞う中で、朝早くから安東側の会議主催者がお別れの挨拶にくる。
堅い握手とこれからの大麻産業化の熱い誓いを心に秘め、再び会える
ことを約束する。
 
日本人参加者同士でもずいぶんと交流・親交が深まった。今まで名古屋
地域で大麻の産業化を進める人があまりいなかったが、この会議で3名
も参加したので、これからがとても楽しみである。また、個性的、ユニークな
、とても変わった参加者がいて、いろいろな場面で楽しめた。
(参加者の皆さんありがとう!!!)

私自身は、今後も韓国、中国、日本などのアジア圏を意識して、アジア・
ヘンプ・ファミリーの一員として、自分のできることから地道にやっていこう
と決意を新たにさせられた会議であった。
 体調が万全であったら、もう少しいろいろなことができたいような感じも
するが、ヘンプ55の英語版を早くつくる必要性を実感して帰国した。
 これからの動きがますます楽しくなるアジア大麻産業である。






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